ノンフィクション作家島崎今日子さん(69)が3日、TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう定食/一直線」(月~金曜午前5時)にゲスト出演した。
6月に「ジュリーがいた-沢田研二、56年の光芒」(文藝春秋)を出版。ザ・タイガースのジュリーとして女の子たちを熱狂させ、その後も芸能界で輝き続けている沢田研二(75)の実像に迫った話題沸騰の作品だ。
パソナリティーの生島ヒロシ(72)はTBSの局アナ時代に伝説的な音楽番組「ザ・ベストテン」の“追っかけマン”として沢田のすさまじい人気に接していただけにテンションが上がる。「僕ら世代にとっては、どハマりなんですが。なんでジュリーを書いてみたいと思ったんですか」と質問した。
島崎さんは「長いライター人生なんですけれど、ただ一度だけジュリーに取材できたことがあったんですね。大阪物語っていう田中裕子さんと共演なさった映画のプロモーションだったんです。その時のジュリー、50歳ですけれど十分美しくってすごくすてきなな人だなと思ったんですよ。ジュリーくらいになると大物のオーラをまとって、威圧感があるって感じじゃないかと思ってたんですけど、全くそういうものがなくって。特に私が心を動かされたのは、妻の田中裕子さんについて語っておられるところなんですけれど」と答えた。
そして「“ターニングポイントとなったのはどこですか?”といった質問をした時に、それは“離婚と再婚だ”という話をなさって“ものすごく葛藤した”っていう話をなさるんですね。ちょうどその時、渡辺淳一の失楽園ブームだったんですけれど“不倫どう思いますか”って聞いたら“そんなんしたらアカンねん!”って言わはるんですよ。さらに“裕子さんと結婚して以来、他の人を好きになったことはないんですか”って話を聞くと“無い”って断言されるんですよ。“けんかもしたけれど、いろんなことを教えてもらった”と。“自分も変わって行ったんだ”と。“共働きだから、家事は半分半分やっている”というお話をなさるんですよ。ジュリーがですよ。“だから、ご飯も料理も洗濯もお掃除も裕子さんに教えてもらって、やっているようになったんや”。そこにすっかりやられてしまったんです。こんな人、なかなかいないと思って。いつかジュリーでそういうものを書きたいなと思ったんです」と執筆の理由を笑顔で説明した。
意外な理由に、生島も「へぇ、なるほど!」と納得の表情を見せた。
そのほか、年を取ることへの恐怖のなさ、2000年になってからアルバムのジャケットに自分の顔を出さなくなったこと、ロック歌手・内田裕也さん(享年79)の話、ジュリーの「捨てていく力」などについて語り合った。