浜田光夫(79)が10日、東京・新文芸坐で行われた、戦争の記憶と記録を語り継ぐ映画祭で上映された映画「零戦黒雲一家」(舛田利雄監督)上映後のトークショーに登壇した。
浜田といえば、通算123本目の映画「こんにちは、母さん」の公開を9月1日に控える吉永小百合(78)と“純愛コンビ”として44本もの映画で共演した、日活純愛・青春路線の一大スター俳優だ。1960年(昭35)の、吉永の映画初主演作「ガラスの中の少女」(若杉光夫監督)にも浜田光曠(みつひろ)の名で出演するなど縁が深い。
司会と聞き手を務め、吉永とも18年に「私が愛した映画たち」(集英社新書)を共著した、共同通信の立花珠樹編集委員からは、吉永との関係性について質問が出た。浜田は「日活は、石原裕次郎さんと小林旭さんで、アクション一辺倒だった。でも(62年に吉永が主演し、共演した)『キューポラのある街』がヒットして、よし、純愛&青春ものと2本立てでいこうと」と振り返った。
吉永は「私が愛した映画たち」の中で、浜田との関係について「私は投手、子役の時から映画に出られ、演技がしっかりされた浜田さんは捕手だ」などとつづっている。浜田は「変化球とか、いろいろありますけど、吉永さんは速球。そらさないようにと。彼女のボールは、そらさない」と語った。
当時の映画スターは、出演映画の主題歌などで歌手デビューもするのが定番だったが、意外にも浜田と吉永のデュエット曲はない。その理由を聞かれ、浜田は「レコード会社が違った。彼女はビクター。私は、裕次郎さんがいたからテイチクに入りました。小百合さんはビクターで橋幸夫と『いつでも夢を』(62年)が残っているわけです」と説明。「(歌手の)田代みどりさんと共演したのもあり、テイチクに入ったんです」と、61年の映画「白い雲と少女」で共演し、同名楽曲のカップリング曲「山の牧場」でデュエットした、元歌手の田代みどりさん(75)の名を挙げた。【村上幸将】