世界3大映画祭の1つ、第80回ベネチア映画祭(イタリア)で4日(日本時間5日)最高賞金獅子賞を争うコンペティション部門に出品された、濱口竜介監督(44)の新作長編映画「悪は存在しない」(24年公開)のワールドプレミア上映が行われた。
「悪は存在しない」は、22年の米アカデミー賞では国際長編映画賞を受賞した濱口監督の監督作「ドライブ・マイ・カー」以来の新作。同作で音楽を担当した石橋英子氏が、ライブパフォーマンスのための映像を依頼し、同監督が快諾したことで2人による共同企画「音楽×映像」プロジェクトがスタート。その音楽ライブ用の映像を制作する過程で、106分の長編劇映画として完成した作品。
ワールドプレミアは、上映チケットの確保すら難しく、満席の観客で埋めつくされた。濱口監督らキャスト、スタッフが上映前に2階の客席に登場すると、大きな声援で場内は沸いた。一通り場内全体に向かってあいさつを終えると、本編の上映がスタート。上映が終了すると、それまでの沈黙を破る拍手であふれ、約8分間のスタンディングオベーションが起きた。
上映後、濱口監督は「イタリアという土地柄か企画当初では思いもよらないほど非常に温かく、情熱的に迎えてもらいありがたく思います」と感想を語った。石橋氏も「私も今、濱口監督がおっしゃったように企画時にはベネチアにみんなで来るなんて思いもよらなく、感慨深いです。濱口監督との共同作業の中で自分が作るつもりのなかったものが生まれたりするのは、自分の中で宝物であり本当にありがたい体験をさせていただいたと思っている」と感激した。
主演の大美賀均(34)は本業は俳優ではなく、ベルリン映画祭(ドイツ)で審査員大賞(銀熊賞)を受賞した濱口監督の21年「偶然と想像」では製作を担当。今年は自身の初監督中編「義父養父」が完成・公開を予定する映画製作者だ。上映後「皆さんの反応が死ぬ時に思い出しそうなくらい、うれしかったです。」と独特の表現で笑いを誘った。主演をオファーされた時の思いを聞かれると「濱口さんが大丈夫と言うなら信じようと思い、現場では監督がとにかく俳優部を励まし、勇気づけてくれた明るい現場だった」と振り返った。
大美賀が演じた主人公の娘を演じた西川玲(9)は「観客の『わー!』という歓声がうれしくて緊張しなかった」と無邪気に感想を語った。近年は活動を休止していたが、今作の出演を機に俳優業を再開した小坂竜士(37)は、濱口監督の「ドライブ・マイ・カー」には製作スタッフとして関わっていた。「今まで経験したことがない経験をして、言葉にならないです。『ドライブ・マイ・カー』の時はスタッフとして関わっていて、いいなと思っていたんですが、まさか自分がこのように濱口監督の作品に出てヴェネチアまで来るとは思ってもみませんでした。」と感慨深げに語った。
ロカルノ映画祭(スイス)など複数の国際映画祭で主要賞を受賞し、濱口監督が世界から注目されるきっかけとなった15年「ハッピーアワー」で俳優業を始めた渋谷采郁(31)は「観客のみなさんと同じスクリーンを見て、映画は本当に素晴らしく、その中にいる自分が改めてすごくうれしいと思いました。拍手にも胸が一杯になりました」と語った。
取材陣から「本作のラストシーンについて、どういう意味かと聞かれると答えにくいなと思うのですが、監督が聞かれたらどう答えますか?」という質問が出た。濱口監督は「そんなに難しいことはないと思ってまして、何が起きたかは明白なので、それを考えたい人は考えていただきたいと思います」と答えた。タイトルに込めた意味について聞かれても「そんなに含みはない」と答えつつ「シナハン(シナリオハンティング)をしている時に浮かんだタイトルで、それがそのままプロジェクトのタイトルになり、この映画をご覧になった人が実際に悪が存在するかどうかを感じるのはお任せします」と締めた。
「悪は存在しない」と共通の映像素材から作られた石橋氏の音楽ライブ用サイレント映画「GIFT(ギフト)」は、10月にベルギーで開催されるゲント映画祭で初お披露目され、それ以降、石橋氏によるライブ・パフォーマンスとともに世界各地で上映が予定されている。
濱口監督は、20年のベネチア映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した、黒沢清監督(68)の「スパイの妻」で共同脚本と企画を担当。21年には、監督した短編集「偶然と想像」が、ベルリン映画祭で審査員大賞(銀熊賞)、「ドライブ・マイ・カー」が同年、カンヌ映画祭(フランス)で邦画初の脚本賞を受賞。今回、ベネチア映画祭コンペティション部門に出品されたことで、監督作が世界3大映画祭全てのコンペティション部門に出品された。