結婚から44年もラブラブの勝野洋、キャシー中島…全ての始まりは中島の真っ直ぐな思いと行動力

舞台「太陽にほえたら…」製作発表後に囲み取材に応じる、キャシー中島、勝野洋負債(撮影・村上幸将)

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

勝野洋(74)とキャシー中島(71)の夫婦愛が、胸に染みた。5日、都内で中島が原案、勝野が主演を務める勝野劇団第7回公演「太陽にほえたら…」(10月4日初日、俳優座劇場)製作発表が行われた。その中で、中島が2人のなれ初めを赤裸々に語る一幕があり、勝野は照れ笑いを浮かべつつも、心の底から幸せを口にした。1979年(昭54)の結婚から44年…半世紀近く経とうとしているとは思えない、まるで交際したての若いカップルのように、2人はラブラブだった。

「太陽にほえたら…」は1974年(昭49)当時、モデルだった勝野が俳優デビューした日本テレビ系ドラマ「太陽にほえろ!」で演じた当たり役“テキサス刑事”こと三上順がテーマの舞台。テキサスに憧れて刑事になった勝野演じる藤堂平八郎が、刑事としてのキャリアの中で心に暗く影を落とす未解決事件「まなちゃん失踪事件」を中心に、時空と次元を超え登場人物達の人生が交錯していくヒューマンミステリー。今回の舞台化にあたり、勝野が「太陽にほえろ!」の企画、プロデュースをした岡田晋吉氏(88)に報告もしたという。

来年の24年に、俳優デビュー50周年を迎える勝野は、製作発表の質疑応答でテキサスという役どころへの思いを聞かれると「僕にとって、芝居の原点」と断言した。一方で「普通は、1年間で終わるんですけど…終わると思ったら2年間、やらされた」と、出演期間が想定外に長かったと笑いながら明かした。

「太陽にほえろ!」は、躍動感あふれる若手の刑事の活躍や失敗、苦悩が物語の1つの見どころであり、そうした若手刑事の壮絶な殉職シーンが涙を誘い、代替わりの度に話題を呼び、作品の人気を高めた。その初代ともいえる、萩原健一さんが演じたマカロニこと早見淳は1話から52話まで、続く松田優作さんが演じたジーパンこと柴田純も53話から111話と50話強と、ともに登場した期間は約1年だった。

それが、テキサスの登場回は、112話から216話と、ほぼ倍に当たる104話に上った。勝野は「1年、必死で走り続けましたね。芝居も出来なかったし、体力だけは自信があったので、それで皆さんに我慢していただいて。よし、終わった、大学に戻ろう…と思ったら『もう1年』と言われて、倒れたのを覚えています」と、笑いながら振り返った。

ただ、勝野の俳優としての活動は「太陽にほえろ!」の2年間では終わらなかった。76年9月3日に日本テレビ系でテキサスの殉職回となった216話「テキサスは死なず!」が放送されると、翌10月からは同系で放送されたドラマ「俺たちの朝」で主演を務めた。さらに、77年11月に同作の放送が終わると、今度は同月から同系で放送されたドラマ「ひまわりの家」に、池内淳子さんが演じた主人公の息子役として出演した。

そうしてドラマに出続けたことが当時、人気モデルだった中島の心を射止めることに繋がったのだから、人生は分からない。製作発表の中で、中島は「太陽にほえろ!」でテキサスを演じる勝野を見て、最初はルックスから興味を持てなかったと明かした。

中島 (勝野とは)「太陽にほえろ!」が(放送された)リアルタイムの時には出会っていない。(刑事の)マカロニからジーパン、テキサスという流れで、マカロニは萩原健一さんで、私たちグループサウンズ時代のスターだし、あぁ格好良いと。松田優作さんも、ロングヘアーで格好良い…いいなと。3人目は誰なんだろう? と思って見たら(勝野演じるテキサスは)いがぐり頭の人で、いつも走っていて…あれっ? と思った。「太陽にほえろ!」って、終わっちゃうのかな? というくらいのイメージ。その時は、あまり印象に残っていなかった。

中島は、ひとしきり語った後「その後、テレビを見て恋をするんですけど…」と続け、その後、ドラマへの出演を続けた勝野をテレビで見て「結婚したい」と心境が変化したと明かした。ただ、製作発表の最中だったこともあり、勝野とのなれそめについては、そこで話は終わった。

製作発表後に、勝野と中島に加え「太陽にほえたら…」で脚本・演出を担当した次女雅奈恵(41)と出演する長男洋輔(39)を交えた、勝野ファミリーでの囲み取材が行われた。その中でも、勝野は「役者になるつもりがなかった」と強調。「熊本弁を話して、アクセントもおかしいし、芝居も出来ない。だから『僕は、出来ません』と言ったんですけど。『大丈夫、大丈夫。現場に行けば、みんな包んでくれるから』って言われて、行ったらNGばかり出す。大丈夫じゃないじゃないですか? と」と求められる形でテキサス役を受けたものの、不安だらけだったと明かした。

一方で「すごく、つらい部分もあったけれど、すごく勉強もさせていただいた。あの現場にいたら、あれで芝居が成り立つの? というくらい。よく、裕次郎さんや皆さん、我慢されたと思う」と「太陽にほえろ!」と主演の石原裕次郎さんに感謝した。その流れで、俳優を続けたことで中島と出会えたのでは? と、取材陣から話を向けられると、勝野は「そうなんですよ! そこで、やり通したから愛があるんです。良かったです」と笑みを浮かべた、

すると、中島が「良かったね」と声をかけつつ、製作発表の場で中途だった、勝野とのなれそめについて続きを語り出した。

中島 (勝野と結婚したいと思ったのは)「太陽にほえろ!」ではなく、その後に「俺たちの朝」をやって、その後の「ひまわりの家」というホームドラマで、子供をあやしているシーンが優しそうで、真面目そうで『あぁ結婚するんだったら、こういう人がいいな』ってテレビで見ていて思って…。この人と結婚しようって決めたのが、そのドラマ…見てただけですけど。彼が行くお店に張っていました。

勝野は、中島の話を笑みをたたえながら聞き「そのドラマに感謝ですね。池内淳子さんが主演で、ね。ありがたい」と、幸せをかみしめるように口にした。ただ、中島は当時、徹底的に追いかけたものの勝野の自分への反応がいまいち、薄かったことも明かした。

中島 私が(勝野を)見つけたんです。この人、勘が悪くて、きっと分からない。気付いてもらえなかったし、会っても「あぁ、どうも…」とか「私、あなたのファンなんです」と言っても「あぁ、そうですか」って違う席に座っちゃったりとか…あれ? って思った。

勝野は、あまりに鈍感だった当時の自分の様子を暴露され「それ、言うなよ!」と照れつつも「最近も、ほれられていると感じるもん…俺もほれているし」と、のろけた。これには、中島も「何、言ってるの!? やめてください」と照れた。

2人の掛け合いを横で聞いていた雅奈恵は、中島が「今だったらストーカーと言われます」と苦笑するほど勝野を追いかけていたと聞き「怖い!」と笑った。一方で、2人が結ばれ俳優・勝野洋の娘として生まれた喜びを、勝野の芝居に向き合う真摯(しんし)な姿勢から感じるとも語った。

雅奈恵 俳優のところに生まれて、お芝居している父をずっと近くで見させていただいて。50年…半世紀、これほどお芝居に真っすぐに生きている人の側で、見せていただいているんだなと思うと幸せだなって。リハーサルでも、稽古場でも全部を本気でやっている人なので、すごく心が満たされる。パパのところに生まれて良かったな。

勝野は「そんなこと言うと…マズいよ。ちょっと待ってよ。最高の言葉だよ。何か買ってあげようか?」と目を潤ませた。

「泣かないでよ」と声をかけた中島は、恋が愛に成就したポイントを語った。

中島 やっぱり思うってこと、やることが大事。やらないでダメって思ったら、こういう形は出来なかったと思います。私は絶対、この人と結婚して家庭を持つのが目標だったの。

中島は「今だったらストーカーと」と自虐的に口にしたように、自分の思い1つで意中の相手を追いかけ、嫌だと言われても、なおメールや手紙を送ったり、付け回したりするのは、迷惑行為以外の何ものでもない。ただ、自分の思いを伝えたいと勇気を持って行動し、打ち明ける…その全てが真っすぐな真心で、それが相手の胸に届けば、勝野ファミリーのような幸せな家族になる。結婚から半世紀近く経っても、こぼれんばかりの笑みで中島を見つめる、勝野の幸せあふれる顔こそ、その証明だろう。【村上幸将】