倒産危機乗り越え映画製作 スタジオポノック6年ぶりアニメ「屋根裏のラジャー」西村Pが秘話

8月21日、アニメーション映画「屋根裏のラジャー」製作報告会見に登壇した、左から百瀬義行監督、イッセー尾形、寺田心、安藤サクラ、西村義明プロデューサー

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スタジオポノックの、17年7月公開の「メアリと魔女の花」以来6年ぶりとなる新作長編アニメーション映画「屋根裏のラジャー」(百瀬義行監督、12月15日公開)の製作報告会見が8月21日に都内で開かれた。西村義明プロデューサー(45)は製作の遅れで22年夏公開の予定が1年以上、遅れた理由と経緯を説明。一時は同スタジオが倒産、解散の危機にあったことまで赤裸々に語った。その内容の詳細をリポートし、作品をひもとく。【村上幸将】

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西村プロデューサーは、原作となった英国の詩人・作家A・F/ハロルドの「The Imaginary」(「ぼくが消えないうちに」こだまともこ訳・ポプラ社刊)について「日本人には、なじみがない。よくも、こんな難しい原作を選んだなと関係者に言われた」と評した。その上で知名度が低い以前に、そもそもアニメにしにくい題材だと語った。

「読んでみたら面白かった。大体(物語は)人間が人間と出会う意義とか、人間が主人公なんですよ。この原作は人間が想像した友達、人間ではない少年が主人公…アニメーションが描けるんだろうか? と」

西村プロデューサーは「子供の想像は無限だよね、というところに主眼はない。僕らは、ラジャーの人生に思いをはせた」と作品作りの主題を明かした上で、ラジャーの人生を考える3つのポイントを提示した。

<1>自分で生まれたわけじゃない、人間に想像された少年であるラジャーが何を思っているのか?

<2>ラジャーは、どんなことを経験しているのか?

<3>人間に忘れられると世界から消えてしまうラジャーが人間に忘れられると、どうなってしまうのか?

その上で、今作を作る意義を説明した。

「人間も自分で生まれたくて生まれたわけではない…同じだと思った。人間に忘れられていく少年を映画に出来ないか、それは本当に悲劇なんだろうか? そうじゃない物語があるはず…それは人間の人生に響くんじゃないかと思った」

製作の意義を一通り語った上で「光の当て方によって、子どもたちにワクワクするもの、大人にとって何か心に響くもの、全てが無意味なものに思える…多面的に光り輝く」と、改めて原作が難しい題材であると評した。その上で「そうしたものを1本の物語に収束させることが出来るかは挑戦だった」と振り返った。

もう1つの挑戦が、作画だった。西村プロデューサーは「CGや実写で作ろうとした時に、もしかしたらバカバカしい、信じるに値するものに見えない、想像上の少年を描ききれないかも知れない」と企画段階で疑問が生じたと明かした。

一方で、スタジオジブリ出身ながら「僕たちの表現手段である」手描きでも、人間が想像した友達=人間ではない少年を描くことは「まだ難しい」とも指摘。「紙で描かれている、想像で作っているから想像性が宿っている。そこに、生きたんだという実感が欲しい」というのが理由だった。

そこで、新たなデジタル技術を用いた、フランスのクリエーターとコラボして、手描きアニメーションが実現できなかった質感表現と、光と影による画期的な映像表現に挑戦した。西村プロデューサーは「いわば手描きアニメーション2・0。この技術を見つけた瞬間、アニメ映画が1歩、前に進むかも知れないし、これがあればラジャーを映画に出来る、なければ作れない」と百瀬義行監督(69)に伝えたと明かした。

ただ、新技術の導入に踏み切った結果、製作が遅れ、22年3月2日に公開の延期を発表。結果的に1年以上、公開が遅れた。「かぐや姫の物語」の公開後、スタジオジブリを離れ15年4月にスタジオポノックを設立したが、設立から8年で公開した長編映画は「メアリと魔女の花」1本。「零細企業なので、公開を延期して製作を続行する場合、相当な人件費負担、負債を背負うだろう。映画が出来る前にポノック倒産、解散…それが22年1月に現実味を帯びてきた」と経営危機にひんしたと明かした。

そうした経営的な挑戦が3つ目の挑戦だった。西村プロデューサーは「苦難の連続で身の丈に合わない、つま先まで背伸びし過ぎた作品作りをせざるを得なかった。ただ何とか、経営的挑戦もしながら作り上げることが出来そう。物語、表現、小スタジオでやるしかない身の丈に余る挑戦が重なり合いながら、大変な映画製作をした」と語った。

西村プロデューサーは「分断と無縁の時代に、ラジャーが生きた少ない時間は、僕たちの人生にとって意味がある物語になり得るだろうと思った。僕たち自身=人間の物語として描いた時に、世界の方々に見ていただける、価値ある作品が出来るんじゃないか?」と、改めて作品を世に送り出す意義を強調。同プロデューサー同様、スタジオジブリ出身の百瀬監督も「(製作関係者向けの)0号試写をした。最終チェックし、ほぼ完成に近づいた。効果音、セリフ、音楽が入ったものを見終わったスタッフの側から、手応えを受け取ることが出来た。すごく心強く、ホッとした部分でもある」と自信を口にした。

◆「屋根裏のラジャー」 アマンダの想像が生み出した“想像の友だち”ラジャーは彼女以外、世界の誰にも見えないイマジナリ。人間に忘れられると消えていく運命があり、いちるの望みを抱き、たどり着いたのは、人間に忘れられた想像たちが身を寄せ合って生きるイマジナリの町だった。

■声優陣発表

完成報告会見では、各声優陣が発表された。

寺田心(15)ラジャー(少女アマンダの想像から生まれたイマジナリ)

鈴木梨央(18)アマンダ(本屋の2階に暮らす、ラジャーを生み出した少女)

安藤サクラ(37)リジー(アマンダの母でシャッフルアップ書店の店長)

仲里依紗(33)エミリ(イマジナリの町でラジャーが出会う少女)

山田孝之(39)ジンザン(ラジャーの前に現れる怪しげな猫)

高畑淳子(68)ダウンビートおばあちゃん(田舎で暮らす、アマンダの祖母)

イッセー尾形(71)ミスター・バンティング(ラジャーをつけ狙う謎の男)

会見には、寺田と安藤、尾形が出席した。アニメーション映画初声優・初主演の寺田は「オーディションの前に1枚の画とセリフに触れ、世界観に引かれ、僕自身が絶対、演じたいと思って…決まった時は、男なんだけど泣いちゃうくらい、うれしかった」と、21年秋にオーディションに合格した当時を振り返った。

中学2年生だった昨年7月からアフレコを行ったが「始まる前は声を保っていたけれど終わりには変わっているかな。(アフレコ)しながら成長しました」と、ちょうど声変わりの時期だったと説明。西村プロデューサーは「すごいうまかった」と絶賛した一方、製作が1年遅れ「(声変わりまでに)間に合わないと思い、ある部分は心さんの芝居に合わせてプレスコした」と、寺田の演技を受けて画を作ったと明かした。

安藤も、アニメ映画の声優は初挑戦。「こういう仕事をしていますし、想像力の中で暮らす時間が多い。想像力と現実の自分が寄り添いながらきた中で、娘が幼稚園に入ったことをきっかけに、ある人から見たら私は変なのかも知れないと悩んでいた時期だった。この作品に助けられた。娘に原作を読み聞かせたら喜んだ。早く映画になったものを見せたい」と出演決定当時の心中を明かした。

尾形は「声優をやらせていただくのは3、4回目。だんだん、コツが分かってきたところで、この役をいただいた。コツだらけでございます」と笑った。