<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
夢を追いかけて決断した。歌手のMOROこと、諸泉佳那子(30)。DXソリューションなどを行う会社のOLとして働きながら30歳を迎えた今年、1度は諦めていた歌手としての活動を始めた。
7月には楽曲制作オーディションを通じ、デビュー曲「逆転ヒーロー」もリリース。「何歳からでも、どんな状況でも、挑戦することで人生は変えられる」と語る彼女に、今の気持ちを聞いた。
きっかけは「クビ寸前だった」と語る約2年前。ある男との出会いだった。日刊スポーツでもウェブコラムを執筆している元年俸120円Jリーガーで現在は格闘家としても活動する安彦考真(45)。偶然、社内で安彦の講演会を聞き、その言葉が胸に響いたという。
「当時は営業として結果も出せていない時期でした。人一倍、変わりたいなと思っていた時期に安彦さんが講演に来て、意識の持ち方に変化が出てきました」
自身のことを「挑戦者」と自認する安彦の言葉は強烈だった。講義では、未来の自分から逆算した3つの肩書を考えるよう伝えられた。まだ活動は本格的に始めていなかったが、そのうちのひとつに「歌手の卵」と書いた。安彦からは「卵って何? そもそも明確な歌手の定義はないんだから、卵はいらないんじゃない?」と指摘されたという。「基本的に安彦さんの話はメッセージ性も強いですけど『それは答えじゃない』といつも言っていて。自分は先生じゃないから、自分で考えなさいと。投げかけられる言葉がすごく自分の中に刺さりました」。
3歳からピアノを始め、合唱や吹奏楽など大学まで音楽一筋の人生を歩んでいた。生まれ育った佐賀県を飛び出し、東京で社会人生活を送るようになってからいったん封印していた夢。入社3年目の時に1度は志したが諦めていた歌手の道に、もう1度動き出した。「自分にはできないと決めつけてしまっていた自分がいました。でも安彦さんみたいに挑戦している人を見て、どこかチャレンジすることへのハードルが下がった気がしました」。
すぐにアニメの主題歌のオーディションなどへエントリー。「配信オーディションだったので、私の歌を聴いたリスナーからの反応が返ってきて、何となく道が見えてくるような感覚がありました」。その後も同じような志を持つシンガーが応募する楽曲制作オーディションに参加。プロジェクトメンバーに入ることができ、7月に「逆転ヒーロー」が制作された。自身が手がけた作詞には「こどものときにえがいてた カラフルなせかいはみえてる?」「いやまだ終われない 苦しさかみしめて笑え ステージは自分の人生だ」といった言葉を並べた。
「大人になったアンパンマンのイメージです。小さい頃は誰しも自分に万能感というか、ヒーローになったような感覚があると思います。それがいつしか何でもない人になって、それを受け入れてしまっている自分がいる。そんな自分に『それでいいのか』と。初心を思い出せるような、自分自身のお守りになる曲にしました」。
年内にはJUJUの楽曲なども手がけたスタッフによる2曲目の制作も決まっているという。9月30日には都内で行われたイベントにも出演。観客の前で初めて歌声も披露した。「まだまだここからなので。何歳からでも挑戦できるということを千人、万人に伝えていきたい。そんな夢を実現する一歩になりました」と振り返った。
マインドの変化は仕事にも好影響を与えた。「何かができるようになったとかはないんですけど、考え方が変わりました」。営業から異動した管理部で業務の無駄を省く“コストカッター”として躍動。電子契約書ツールの導入をはじめ「無駄だと感じた」さまざまな業務に切り込んでいった。結果、22年6月からの1年間で社内の営業利益の3分の1にあたる経費削減を達成。「クビ寸前」でくすぶっていた社員が、その年度で1人にしか与えられない個人MVPに輝いた。「安彦さんに出会ったことも大きかったですし、歌手活動への挑戦も含め、考え方を変えて頂いた。本当に感謝しています」。
当初は歌手として独り立ちすることを目指していたが、その考え方も変わった。しばらくは会社員と歌手の二刀流。「今は歌手として実績を残せるかと、会社員としての仕事のかけ算ができないか模索しています。紅白歌合戦出場とかそうした目標を立てるのは簡単ですけど、ベースにあるのは世界をより良くしていきたいという気持ちです。まず変えられるのは自分の周りかなと思っているので、近い人たちを巻き込んで、私のメッセージを伝えていけたらと思っています」。
何事も始めるのに遅いことはない。安彦から受け取った刺激を力に変え、諸泉は歌でパワーを届けていく。【松尾幸之介】