BS日テレ「おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR,NO LIFE!」(土曜午後9時)は14日の放送で、歌手稲垣潤一(70)をゲストに迎える。
国内Aライセンスを取得するほどの、大のクルマ好きでマニュアル車への愛、バンド時代の思い出、クルマとドラム演奏との意外な共通点など、たっぷり語る。名曲「クリスマスキャロルの頃には」をめぐる衝撃の事実も飛び出し、MCのおぎやはぎが驚く一幕も。
父の影響で、少年時代からクルマ好きになったという稲垣は伝説的F1ドライバーのジム・クラークに憧れ、「額を自分で作ってジム・クラークの写真を貼ったり、いつかレースみたいなのに自分も参戦したい」と、当時の夢を語る。免許取得は23歳と遅めだったが、すぐに愛車を購入。自身のドラムを運ぶのに重宝したという。この日最初に登場したクルマは、その愛車第1号だった。
音楽の道に進むのも、家族の影響だった。「小学生の時から60年代ポップス、特にビートルズが好きでしたね」。ドラムの醸し出すビートに魅せられ、ドラマーの道を選択した。親にお願いして買ってもらったドラムセットは、格好の相棒となり、中学の謝恩会で初演奏。現在のドラム&ボーカルという珍しいスタイルは、この時に誕生しており、その理由も告白する。
15歳で初めてバンドを結成。その仲間とは今も音合わせをするという関係だ。しかし、プロミュージシャンゆえか「僕、結構スパルタなんで。『ダメだろう、そこは。もう1回、もう1回』って」と、遊びを超えた本気度でぶつかるという。
故郷の仙台から、19歳で上京し4畳半のアパートに、仲間と同居した極貧生活を振り返る。一度、故郷へ戻るなど紆余(うよ)曲折のアーティスト人生だったが、そこで偶然の出来事が再び東京に戻った。1982年(昭57)に「雨のリグレット」でデビュー。当時の音楽番組の生放送での忘れられないハプニングも明かす。今もドラムをたたきながら歌うスタイル。クルマの運転とドラム&歌手の意外な共通点もあるという。
ヒット曲「クリスマスキャロルの頃には」(92年)は今もクリスマスの定番ソングとして幅広い世代に浸透した名曲だが、制作段階での意外な事実を告白。おぎやはぎも思わず絶句する。国産車が多かった稲垣のカーライフは、後半は逆にドイツのスポーツカーが多めになった。現在もドイツ車に乗るが「マニュアルに遠ざかっていると、マニュアルに乗りたくなる。クラッチ踏みたい」とつぶやく。飽くなきマニュアル車愛を口にしていた。