武井壮、元関脇寺尾の錣山親方悼む「寺尾の相撲を子供の頃楽しみに見ていました」

武井壮(22年1月撮影)

陸上十種競技の元日本王者でタレントの武井壮(50)が17日、X(旧ツイッター)を更新。60歳で亡くなった元関脇寺尾の錣山親方(本名・福薗好文)を追悼した。

武井は「早過ぎます 寺尾の相撲を子供の頃楽しみに見ていました ご冥福をお祈り致します」と悼んだ。

錣山親方は突っ張り一本やりのきっぷのいい相撲と、甘いマスクで一世を風靡(ふうび)した。通算出場など、数々の出場回数記録で歴代10傑入りするなど、116キロの細身の体ながら“鉄人”の異名も誇った。以前から不整脈など心臓に持病を抱えていた。先月の九州場所も全休して約2カ月間入院。その後退院し、復帰に向けてリハビリを続けてきたが、体調が急変した。

◆錣山瑛一(しころやま・えいいち)1963年(昭38)2月2日生まれ、鹿児島県加治木町(現姶良市)出身(出生は東京都墨田区)。本名・福薗好文(ふくぞの・よしふみ)。2人の兄(長兄の鶴嶺山、次兄の逆鉾)を追うように、父の井筒親方(元関脇鶴ケ嶺)が師匠を務める井筒部屋に入門し、79年名古屋場所で初土俵。84年名古屋場所で新十両に昇進し、しこ名を母の旧姓だった「寺尾」から「源氏山」(30代横綱西ノ海が横綱昇進直後まで名乗っていたしこ名)に改名も、1場所限りで戻した。85年春場所で新入幕、89年春場所では逆鉾との兄弟同時関脇を果たす。02年秋場所限りで現役を引退。185センチ、116キロの細身の体から繰り出す小気味のいい突っ張りと甘いマスクで一世を風靡(ふうび)した。現役引退後は年寄錣山として井筒部屋の部屋付き親方として後進を指導。その後、分家独立して錣山部屋を興し阿炎らを育てた。通算成績は860勝938敗58休。三役在位13場所、三賞受賞7回、金星7個。通算出場(歴代4位)通算勝利(同10位)幕内在位場所数(同6位)幕内出場回数(同5位)初土俵からの通算連続出場(同7位)幕内連続出場(同4位)など“鉄人”ぶりも示した。