アジア旋風、大規模スト、ガザ侵攻分断 激震の連続…ハリウッドの1年を振り返る

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」の1場面。中央がミッシェル・ヨー、右がキー・ホイ・クァン(C)2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

<ニュースの教科書>

アカデミー賞のアジア旋風から大規模スト、そしてガザ侵攻がもたらした深刻な分断…今年のハリウッドは激震の連続でした。映画の都の歴史に残る1年を、在ロサンゼルス24年の千歳香奈子通信員とともに振り返りました。【相原斎】

相原 今年のアカデミー賞ではマレーシア出身のミシェル・ヨー(61)がアジア系として初の主演賞を獲得した。「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」で共演したベトナム系のキー・ホイ・クァン(52)も助演男優賞となり、終わってみれば、この作品が7冠を制覇して、予想外のエブエブ旋風、アジア旋風に驚かされた。

千歳 特にコロナ禍以降、アジア人への差別やヘイトが顕在化していたこともあって、アメリカで暮らすアジア系の人に希望を与えたと思います。ベトナムからボートで脱出したクァンのスピーチは人柄もあって感動しました。

相原 スピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」(84年)で来日した時に、12歳の彼を取材したけど、人を食ったようなジョークを連発して「天才子役」を実感したことを覚えている。スピーチでは、エージェントから「アメリカ風の芸名」への変更を求められたエピソードなど、長い不遇時代のやるせない思いも伝わってきた。

千歳 会場でスピルバーグと再会し、ハグしたシーンにはジンときました。アジア系で言えば、一昨年に韓国の「パラサイト 半地下の家族」が4冠を取って以来の流れが、いよいよ本物になってきた気がします。ミシェル・ヨーは「女性たちよ。誰にも『あなたはもう全盛期を過ぎているなんて言わせない』」と、男性に比べてベテランの出番が少ない女性たちを代弁し、男女格差にも言及していたのが印象的でした。

相原 アジア発で言えば、12月に入ってからの全米興行ランクは宮崎アニメ「君たちはどう生きるか」が1位、「ゴジラ-1.0」が3位。邦画がベスト3に2本というのは聞いたことがない。

千歳 日本アニメの根強い人気、ゴジラの知名度というだけでなく、質の高さそのものが評価されたと思います。一方で、史上最長の118日間のストライキで、ハリウッド映画の製作が滞っていたことにも一因があったことは確かです。

相原 権利意識の強いアメリカだから、プラカードを持った抗議活動はニュースでよく目にするけど、俳優と脚本家の組合が同時にストを打つというのは63年ぶりというから、異常事態だよね。日本では、「ミッション・インポッシブル」の新作PRで予定されていた、トム・クルーズ(61)の来日が中止になって、改めて俳優組合のストを実感させられることになったけど。

千歳 車で街を走っていると、ピケを張る組合員を何度も見かけました。スタジオ側との我慢比べの様相で、収束の兆しがまったく見えませんでした。単なる賃上げ闘争ではなく、AIのことがあるから一筋縄ではいかなかったんです。

相原 CGを初めて本格導入したディズニーの「トロン」(82年)が公開された頃、ハリウッドのスタジオで人体の動きをデジタル的に記録、再現するモーションキャプチャの作業を見せてもらったことがあるんだけど、人形の再現動作がまだぎごちなくて、「現実の俳優に取って代わる日が遠からず来ます」と言われても正直ピンとこなかった。

千歳 この40年で劇的な進歩を遂げたんですね。エキストラに1日分の日当を払って全身スキャンを行えば、あとはその画像を使って自在に映像に織り込めるという話はショックでした。たった1日で仕事終了、その後は半永久的にお役御免ということだから。俳優側の危機感は半端ないでしょう。そして、チャットGPTの登場は脚本家にとって脅威になっています。

相原 近年のストリーミング(動画配信)ビジネスの台頭で、スタジオボスたちが仕切ってきた旧来のハリウッド方式が通用しなくなってきたことも背景にある。

千歳 これまでは、映画館で上映され、その後はDVD、テレビ放送という流れで、その都度「2次使用料」が支払われてきたのですが、ストリーミング作品にはそれがない。作品に関わる俳優や脚本家にとっては、新たな利益還元のルールを求めての闘いだったわけです。先月の合意では、スキャンデータの再利用に関する補償やストリーミングでも従来の2次使用料に相当する報酬が得られるような取り決めがあったようですが、名の通った俳優は別にして、多くの組合員が「中流のライフスタイル」を維持するのが難しくなっている現実があります。

相原 昨年のアカデミー賞授賞式では、フランシス・コッポラ監督がスピーチの結びで「ウクライナ万歳」とエールを送ったり、ロシアのウクライナ侵攻への抗議で一枚岩になったハリウッドを感じたけど、ガザ侵攻では、映画人らしい人道主義の声が聞こえてこない。

千歳 もともとハリウッドは、差別、環境、紛争など、諸問題に敏感です。ウクライナ侵攻では、早い時期からショーン・ペンを始め、アンジェリーナ・ジョリー、ジェシカ・チャンステインらが現地を訪問してゼレンスキー大統領と面会しました。ところが、ガザ侵攻では、カイリー・ジェンナーのイスラエル支持表明が即座に炎上、投稿を削除せざるを得ませんでした。ガル・ガドットの支持明言は、イスラエルでの軍隊経験がある彼女ならでの例外と言えるでしょう。ウクライナ支援の立ち位置からすれば、侵攻を続けるイスラエルを非難するのがスジなのでしょうが、多くのセレブは沈黙しています。

相原 そもそもハリウッドはアメリカの中でも親ユダヤ、親イスラエルの傾向が強いよね。19世紀の終わりに東欧からアメリカに渡った数多くのユダヤ系の人たちが、当時隙間産業だった映画界に流れて礎を築いたわけだから。ハリウッド映画人の多くは底流にある人道主義と親イスラエルの板挟み状態なんだろうね。

千歳 「反戦」や「人権擁護」ではいつも真っ先に声を上げるハリウッドが沈黙していること自体を非難する人もいます。アメリカでも、大学を中心にイスラエルに抗議する動きが広がっていますが、ハリウッドでは、父親がパレスチナ人のジジ・ハディッドの投稿が、殺害予告を受ける騒動になりました。トム・クルーズの代理人(マネジャー)がガザ侵攻を「虐殺」と投稿した時は、所属していた大手エージェントからいきなりクビを宣告されました。トムが懸命に彼女をかばって、代理人を続けられるようになりましたが、親イスラエルの空気の中でトムの勇気を感じましたね。

相原 後味は決して良くなかったかもしれないけど、歴史に残る1年だったね。

千歳 システムの大変換期に、ガザ侵攻がハリウッドの内実もさらけ出した形です。最後はトムの勇気に救われた気がします。

■2023年のハリウッド

▼1月23日 アカデミー賞ノミネート 「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が10部門、11ノミネート。主演女優ミシェル・ヨー、助演男優キー・ホイ・クァン、助演女優ステファニー・スーと俳優部門でアジア系3人がノミネートされるのは初めて。

▼3月12日 アカデミー賞授賞式 「エブエブ」が作品、監督、主演女優、助演男女優など主要部門7冠を制覇。助演女優賞はこの作品からもう1人ノミネートされていたジェイミー・リー・カーティスが受賞。

▼5月2日 脚本家組合スト 1万1000人以上が加入している全米脚本家組合(WGA)が15年ぶりのストを実施。

▼7月14日 俳優組合スト 約16万人の俳優が加入している全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)が43年ぶりのストを実施。

▼9月27日 脚本家組合スト終結 148日間で合意。

▼10月7日 ハマスによるテロ攻撃 パレスチナ・ガザ地区の実権を握るハマスを中心とした過激派がイスラエルを奇襲。市民の虐殺、誘拐を行う。

▼10月8日 イスラエルがハマスに宣戦布告 同月末侵攻を開始。07年以降ガザ地区で発生したすべての紛争の合計を上回る死者数を記録している。

▼11月9日 俳優組合スト終結 118日間で暫定合意。

▼12月8日 全米興行成績トップ5に邦画2本 「君たちはどう生きるか」が1位に。同1日公開の「ゴジラ-1.0」が3位に。

 ◇  ◇  ◇

◆相原斎(あいはら・ひとし)文化社会部では主に映画を担当。黒澤明、大島渚、今村昌平らの撮影現場から、海外映画祭まで幅広く取材した。著書に「寅さんは生きている」「健さんを探して」など。ハリウッドの一番の思い出は86年、主演映画「ハスラー2」公開を前にしたポール・ニューマン(08年に83歳で死去)の取材。握手した手は意外なほど柔らかかった。