【復刻インタビュー1】篠山紀信氏「僕は『ヘアヌード』と言っていない。時代がジャンル作った」

篠山紀信さん(2019年1月撮影)

写真家の篠山紀信さんが4日、都内の病院で亡くなったことが分かった。83歳だった。篠山さんは写真家の第一人者として、中でも平成の初頭に世に送り出した樋口可南子、宮沢りえらの「ヘアヌード」を撮影した写真集は、世の中を席巻した。平成終了間際の19年序盤に、日刊スポーツの連載「さよなら平成」の取材に応じ、そのブームなどを回想していた。あらためて、当時のインタビューを再掲し、故人のご冥福をお祈りいたします。

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平成に入ってすぐ、エロスとアートの壁を崩した写真集が世に出された。1991年(平3)に発売された女優樋口可南子の「water fruit」で、ヘアヌードが事実上解禁され、18歳の清純派、宮沢りえが一糸まとわぬ姿を披露した「Santa Fe」は165万部を売り上げるベストセラーに。ヘアヌードは社会現象となった。両作品を撮影した写真家の篠山紀信氏(78)が、ヘアヌードで始まった、平成という時代を振り返った。

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-91年、篠山氏は、それまで禁じ手とされていたヘアヌード写真集「water fruit」を世に出す。

篠山氏 時代が呼んだんですね。90年代に入り作品的な、写真の原点に戻るような活動に入った。樋口さんを撮るのは3度目。それだけ魅力的だった。ヘアヌードブームのきっかけと言われるけど、僕はそういうつもりで作ってない。日本でも、海外の写真家の作品にはヘアが写っていたので、モノクロームのアート風なら問題ないと考えた。表現の自由の獲得とか権力に対するとか、そんな気持ちはなかった。そうしたら週刊誌が騒ぎ出したんです。

-同じ年に「Santa Fe」も発売

篠山氏 本木(雅弘)さんの写真集の次が、りえちゃん。「Santa Fe」も極めて真面目な取り組みなんです。昔サンタフェで女性画家G・オキーフと写真家A・スティーグリッツという夫婦が、砂漠で8×10という大型カメラで撮影していて。「すごくいいな」「サンタフェは聖地」と思っていた。で、18歳のりえちゃんという汚れのない聖女を撮るなら聖地でと、同じように撮ったわけ。

-一気に社会現象に

篠山氏 お父さんが買って一家で見たり、学生がお金集めて教室で見たり。ヌードって隠れて見るものだったのにね。偏見を国民的に覆した本かもしれない。僕はヘアヌードなんて1度も言ってないし、よく見るとヘアは1枚。世の中がジャンルを作っちゃった。

-他の写真家も追随

篠山氏 猫も杓子(しゃくし)もヘアヘア。「気に食わないな」と思ってヘアだけの写真集を出したら、これは売れなかったね(笑い)。僕も逮捕かな、と思っていたけど何も言ってこなかった。

-時代が撮らせたとは

篠山氏 その年代の写真はその年代でしか生まれない。60年代の日本は貧しかったけど高度成長、イケイケドンドン。表現者も新しいことをやる勢いがあった。70年から80年代半ばは週刊誌の時代。僕もありとあらゆる雑誌をやっていた。80年代後半はバブル。東京に面白いものが次々できて、その猥雑(わいざつ)さをカメラ数台つなげた「シノラマ」で撮るわけです。

-そして平成に入る

篠山氏 90年代はバブルがはじけて、ちょっと落ち着くんだよね。写真表現も。それで僕も作品的なものにいく。2000年代はデジタルの登場。写真の発明から200年もたってない中で、一番大きな変革期ですね。

-デジタルでヌードは

篠山氏 撮ってすぐ見せられる。「きれいだね」「いいですね」と。一緒にモノを作りやすい。ポラロイドの5分と一体感が違う。

-SNSでの拡散や規制強化の動きなど反動も

篠山氏 それも時代だな、と思っている。いい悪い、じゃない。SNSは誰が見るか分からない。(アーティストなら)写真集やギャラリー展示とか(アートと)して世に出せばいい。児童ポルノ法とか、時代、国によって規制は必ずある。そこで表現の自由と叫ぶのは、それはそれで面白くない。まあ、こっちはいいと思って青山墓地でヌード撮ったけど(笑い)。時代で法律も動いてそれも含めて撮る。それが「写真は時代の映し鏡」ということ。

-ヌードを撮り続けた

篠山氏 ヌードって大きなテーマ。今でも面白い。都市に変な物体ができても人間は目が慣れる。そこに異物のヌードを置いて対比させ物体を見せる。エロスを喚起させるだけじゃなく、使い勝手がすごくいい。

-ヘアヌードの今は

篠山氏 今、ヌードになろうって気の利いた子はみんな脱毛して、ない。編集者は「貼って」とヘアの“カツラ”を用意するんだけど「いらないよ」と。ないものはない。それも時代。

-平成最後のヌードは

篠山氏 元キャンパスクイーン3人の写真集「premiere」と「ラ・リューシュの館」になるかな。彼女たちが「今できる確固たる作品を作りたい」と言いだして私に話が来た。これまでは事務所が「撮りましょう」だったのに。これはやっぱり時代だよね。

-平成の30年を経てこそ

篠山氏 そうです。今ヌード表現って、Metoo問題もあったり難しい。その中で、平成最後に、この作品が出るのは記念碑的。

-次の時代は何を撮る

篠山氏 次の年号知ってますか? その年号の時代に聞いてくださいよ。時代が生んだ人やモノに敏感に寄って、一番いい場所、タイミングで撮るのが僕の写真。だから永遠に撮れる。

-篠山氏の平成とは

篠山氏 いい時代、悪い時代とか、楽な時代なんてない。時代っていつもこんなもん。常に五感を敏感に時代と並走するって楽じゃない。若い時と違って経験でカバーする部分もあるけど、並走する気はあるんだよね。これがついていけなくなったら、写真を辞める時はそういう時だろうね。(原文まま)