映画「唐獅子仮面」光武蔵人監督 ハリウッドで「経験値のために照明や録音をやってはいけない」

映画「唐獅子仮面/LION-GIRL」の光武蔵人監督

映画「唐獅子仮面/LION-GIRL」が26日に公開される。「デビルマン」「マジンガーZ」「キューティーハニー」などで知られる巨匠・永井豪氏が描き下ろしたオリジナル漫画が原作だ。光武蔵人監督(50)に聞いてみた。【小谷野俊哉】

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現在は米国ロサンゼルス在住の光武監督。生まれは東京だ。

「子供の頃からオタクでした。今でもオタクなんですけどね(笑い)。小学校の頃から本当に永井先生生に憧れて、漫画家になりたいと思っていたんです。だけど、途中から映画が本当に映画好きになって。それが講じて映画の学校に行きたくて、そのまま留学してしまったんです。17歳の時に単身アメリカの高校に行きました。それで、アメリカの高校から大学に言って、そのまま映画界に入って、そのまま居着いちゃったという感じです」

日本の高校に行かずに、米国に留学して映画の道を志した。

「本当にもう、バカの一つ覚えで映画を作りたいと。日本で高校から映画を作り始めるような人って、90年代とかって自主映画を作る道に進んでいたんですよね。僕は1973年(昭48)生まれなんですけど、あの80年代のビデオバブルの時に物心ついて、映画にはまっていったんです。80年代っていうのは、邦画を一番見ないのは日本人、と言われていた時で」

日本の映画がテレビに取って代わられ、一番低迷名していた時代。それが80年代だった。

「僕が最初に映画に目覚めた80年代は、もうレンタルビデオでB級アメリカ映画とかヨーロッパ映画をもうたくさん見て洗脳されちゃったんですね。今では日本でも、大学で映画学科がたくさんあるんですけど、当時の日本にはまだそんなになくて。それで、うちのおやじから、映画の勉強をしてもいいけど、ちゃんと大学を出て来るという条件がついたんです。であれば、その大学で映画が勉強できるのは、やっぱりアメリカかなということで」

父親との約束は、学校を必ず卒業することだった。

「おやじは普通の、文化とかにはあんまり興味のない男だったんですが、バブルの時に少し財を成して、僕の留学を後押しできるぐらいの感じではあったので。映画監督なんてどうせ食えないだろうから、とにかく転ばぬ先のつえで、アメリカでは大学院まで行けば大学レベルと教えられるんですね。なので、学費だけは援助してやるから、ちゃんと修士号を取れと。そういう条件でした。そのおかげで、僕は修士号取れたんだと思います」

アメリカで大学院まで卒業して、映画界入りを目指した。

「なかなかハリウッドって、狭き門でしてね。組合に入らなければいけないとか、いろいろありまして。僕が大学院を卒業する前に取った、最後のクラスで教えてたのが映画『タクシードライバー』のあのプロダクションマネジャーだった方で、本当のプロだったんです。ハリウッドに行ったら、それこそ照明技師のアシスタントも、ケータリングの兄ちゃんも、本当は映画監督になりたいんだよ、と。みんな脚本持ってるよ、というか脚本書いてるよということで。そんなのが当たり前の世界なんで、監督としてしか仕事を得ちゃいけないと言われたんです」

生活のためや、業界の様子を知るために、監督以外の仕事をすることを禁じられた。

「ちょっとつなぎというか、場数を踏むというか、経験値のために照明部に入るとか、撮影部に入るとかはやるなと。唯一監督以外でやっていいことは脚本家だと。それじゃなきゃ、ハリウッドに入らないで、バイトでも何でもしてハリウッドを狙えというアドバイスをもらいましてた」

監督になるために、ハリウッドで他の部門で働くことを禁じられた。そこを救ったのが日本のテレビ界だった。

「録音部とか、撮影部で入っちゃいけない。それでロサンゼルスでに日本のテレビの海外取材を助ける、コーディネーター会社があった。それだったら映像に携われるし、でもハリウッドのレーダーには引っかからないのでいいかなと思ってで。そういうコーディネーション会社に就職してサラリーマンも、少しやりました。それで、所長に嫌われてたのか、日本から撮影に来るクルーのへき地担当にされて。『NHKスペシャル』とか『世界不思議発見』とか、過酷で遠いところに行かされましたね」

行く件出されました。

まだ、日本のテレビ界にはお金があった時代だ。

「幸いなことに、僕がコーディネーターをやってた頃は、バブルの最後っぺみたいな感じで、例えば『ふしぎ発見』でもワシントン州の山奥に入ってビッグフットを探すとか。『NHK特集』で、もう6カ月ぐらい山火事を追っかけたりとか、非常に硬派なものもできました。外国から映像を買うっていうことはなくて、当時はちゃんと取材に行ってましたね」

(続く)

◆光武蔵人(みつたけ・くらんど)1973年(昭48)5月24日、東京都生まれ。90年(平2)に米国の高校へ留学。サンフランシスコ芸大をへて、カリフォルニア芸大に転入。96年に学士号、98年に同大学院修士号取得。ロサンゼルスでテレビコーディネーション会社で働いた後、フリーのテレビディレクター、ラインプロデューサーなどとして働く。04年に映画「Monsters Don’t Get to Cry(邦題『モンスターズ』)で長編監督デビュー。俳優活動も。09年に映画「サムライアベンジャー/復讐剣 盲狼」でファンタスティック映画祭の最優秀長編映画賞。13年に映画「女体銃 ガン・ウーマン/GUN WOMAN」でゆうばり国際ファンタスティック映画祭の審査員特別賞。ロサンゼルス在住。

▼映画「唐獅子仮面/LION-GIRL」 時代は2045年。謎の隕石(いんせき)がぶつかり、地球は陸地の99%を失い、人口は7000人になっていた。文明は滅び、わずかに残った日本の関東平野の東京に人々は暮らしていた。隕石から発せられる光を浴びて死ななかった人間は、アノロックと呼ばれる魔獣に変わってしまう。母親の胎内で光を浴びた人間はマン・アノロック(魔獣人間)と呼ばれる人間の理性と魔獣の能力を備えた存在となる。主人公の牡丹は、唐獅子仮面に変身して悪と対決する。災害、コロナ、バイオレンス、お色気、愛、任侠(にんきょう)などのテーマがいくつも重なっている。