歌手小林幸子(70)が27日、東京・目白のホテル椿山荘で564人を集めて開かれた「東京新潟県人会 ふるさとへの架け橋2024」に出席した。
故郷・新潟は元旦の能登半地震で被災。雪に耐えて凜(りん)と咲く「雪椿」を熱唱して「私ができることは歌を通して、誰かに何かをお返しすること。小さなことかも知れないけど、ご支援をずっとさせていただきます」と話した。
「雪椿」の3番の歌詞に「つらくても がまんをすれば きっと来ますよ 春の日が」とある。「能登や新潟の皆さんが、大変な思いをしている。この歌が皆さまに届きますように」と話した。
小林は今年、デビュー60周年を迎えた。「前の東京五輪があった年にデビュー。あの頃から新潟東京県人会はあって、60年も応援し続けて来てくれました。私の歌が応援歌になってくれたら」。
昨年暮れには親交のあった歌手八代亜紀さんが亡くなった。「まだ、ショックは残っています。描いていただいた絵を眺めては、どうしようと思っています。でも、私たちのやることはエンタメの仕事。少しでも明るくなるようにやっていきたい」。新潟県の西部では液状化の被害も広がっている。「現地に行こうかとも思いますが、インフラの問題もあるので、自分は自分のペースで忘れずに、ずっと支援をやって行こうと思います」と話した。
昨年12月に70歳になった。「古希、節目ですね。ここまで長く生かしてもらって、しまい方をどうしたものかと思うこともあります。でも、いろいろ行動を起こしてやっている自分自身を見て元気になってくる。ボイトレしたり努力して、時代にあったことをやっていこうと思います」と笑顔を見せた。