今月20日に脳卒中のため72歳で亡くなった電撃ネットワークのリーダー南部虎弾(なんぶ・とらた)さんの通夜が28日、都内で執り行われた。タレントのアントキの猪木(50)が参列し、南部さんとの思い出を明かした。
紫のロングコートと赤のネクタイ、赤のマフラー姿で登場した。南部さんの妻の意向で、「喪服厳禁」のルールとなったという。「奥さんから、もっと元気に、バカに送ってやってくださいと言われました」と明かした。
南部さんとのエピソードを聞かれ「南部さんがいなかったら、芸能界辞めていた人間ですから。仕事をずっといただいていた。芸能というもの、テレビというもの、教わりました」と感謝した。自身がモノマネしているアントニオ猪木さんも22年に亡くなったことに触れ、「立て続けに私にとっての柱がいなくなってしまいました」と寂しがった。
南部さんは山形県鶴岡市出身。第一生命の営業マンをへて、俳優を夢見て劇団テアトル・エコーに参加。大人数のお笑いグループ、キムチ倶楽部を結成し、85年に4人となりダチョウ倶楽部に改名した。87年に脱退。90年に電撃ネットワークを結成し、過激すぎる芸風で話題を集めた。
12年に糖尿病と診断されて骨髄炎、17年には急性冠症候群による心不全で緊急入院して8時間に及ぶ心臓バイパス手術を受けた。芸能活動を優先して人工透析を拒否していたが、病状が悪化して19年に妻がドナーとなった生体腎臓移植手術を行った。