舘ひろし「元気食堂」開店 能登半島地震で被災の石川県輪島市で炊き出し「僕の方が感謝したい」

舘ひろし(2023年11月撮影)

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

俳優舘ひろしがこのほど、能登半島地震で被災した石川県輪島市で炊き出しを行った。「元気食堂」と銘打って、ハヤシライス、おでん、焼きそば、野菜スープ、ぜんざいをふるまった。

炊き出しといえば、舘が所属していた石原プロモーション(21年解散)が積極的に行っていたことで知られる。石原軍団の名前で親しまれた所属俳優たちが、炊き出しを行う姿は、映像や写真でも見たことのある人も多いかもしれない。当時から「元気食堂」の名称で炊きだしを行っており、石原軍団イズムを継承している。

舘は昨年、輪島市で映画の撮影をしていたこともあり、発災当初から輪島市周辺の状況に非常に気を気にしていた。「できること、喜ばれることをしたい」と、炊き出し支援を模索してきたという。

今回の炊き出し初日、「お世話になった場所、人々に恩返しがしたい、少しでも何かできないかと思い、この『元気食堂』を行うことにしました。被災者の方々から、感謝のお言葉をいただいたのですが、本当は僕の方が感謝したいという気持ちです」と呼びかけた。

舘はこれまで、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震の被災地に赴き、大規模な炊き出しに参加してきた。東日本大震災から10年たった21年に、当時を振り返っての話を聞いた。舘によると、被害の大きさが広がるにつれ、石原プロ社内では炊き出しに行く心づもりが「自然にできていった」のだという。「何かやらなきゃという思いでした。僕たちが活動できるのは応援してくださる方々のおかげ、というのが基本にあります。僕らができることは炊き出ししかない。短い間でも、皆さんを元気づけることだけを目標にしました」と話していた。

これまでの炊き出しで培ったノウハウ、ボランティアを行うルールも、根付いていたそうだ。「被災地に迷惑かけないことは鉄則です。食料、水、燃料はすべて、トイレも2~3基持っていきました」などと話していた。

舘は高齢者施設で、ヒット曲「泣かないで」を歌ったことも話した。「僕の拙い歌で喜んでくれるならと思ったんですけど、泣いて歌えなくなった。一生に1度だけの泣いてしまった『泣かないで』でした。みんなすごく明るいんですが、明るくしていないと負けちゃうんじゃないかと思っていたのかな。僕の想像ですけれど、そんなことを考えていました」と言っていた。優しさの伝わる言葉だった。

ちなみに、炊き出しメニューにぜんざいがあるのは、あんこ好きの舘ならでは。差し入れのおはぎも、何種類も試食して決めるくらい。今回のぜんざいも、いつもおはぎを購入する店のあんこを使ったのだという。おいしいものを食べてほしいという気持ちの表れだった。【小林千穂】