落語協会100周年 正蔵「300人の会員にスポットライト」来月から記念企画

落語協会100年の会見を行った、左から林家正蔵、柳亭市馬、林家木久扇

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落語協会が創立100年を迎え、2月25日には記念式典も行われました。会員は300人を超える落語界最大の団体で、亡くなった柳家小さん、柳家小三治、そして現役の五街道雲助(75)と3人の人間国宝を輩出しています。3月1日から100年を記念した企画が開催されます。100年事業の実行委員会委員長で、協会の副会長でもある林家正蔵(61)に100年を迎えた思いを聞きました。【林尚之】

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実行委員会の活動は昨年1月ごろからスタートした。

「1人ではできないので、協会の皆さんに『手伝ってもらえませんか』と声をかけたら、80人以上の方が委員になってくれました」

代理店などを介さず、正蔵をはじめとした委員たちが事業の企画から記念本の刊行、式典の手配、スポンサー集めなどに奔走した。

「手作りなので、本当に大変でした。高座の合間に、いろいろなところにあいさつに行きました。でも、個人商売で、まとまらないといわれる落語家が1つになって頑張ってくれる姿がうれしかった」

3月1日の「リレー落語」に始まり、来年2月まで1年かけてのイベントとなる。

「いろいろな企画を考えていますが、300人の会員1人1人がスポットライトを浴びるようにしたいと思っています。会員すべてに行き届いた事業にしなければいけないですから」

正蔵は15歳で前座見習として落語協会に入った。父は初代林家三平。28日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」に出演した際、かつて三平が同番組に出演した時の映像を見た。黒柳徹子がこぶ平と名乗っていた当時の正蔵の将来について「どんな落語家になってほしいか」と聞くと、三平は「落語協会のためになる落語家になってほしい」と答えていた。

「初めて見る映像でしたが、背筋がゾクゾクってしました。『面白い落語家』『うまい落語家』と答えるのではなく、『落語協会のためになる落語家』という言葉に驚きました。父の願いを少しでも果たしているのかなと思います」

落語協会の母体の「東京落語協会」は1924年(大13)2月25日に発会式を行った。甚大な被害をもたらした関東大震災の約1年後だった。

「今回の100年事業も、コロナ禍を乗り越えての開催で、何か因縁を感じます。コロナ禍で寄席も閉まって、どうなるか分からない状態が続きました。そんな時にクラウドファンディングで1億円が集まり、『噺(はなし)を早く聴きたい』『寄席を開けてほしい』という声を聞きました。皆さんが落語を、寄席を必要としていることが分かって、心強い思いがしました」

正蔵はコロナ禍前には年間600の高座に出演していた。

「芸への欲しかないですね。お客さんに満足していただける高座を務めたいという。そして何よりも寄席が楽しくてしようがない。60代に入ってワクワクしています。べらぼうに面白くなってきたという感じです」

入門した時の会員は100人ほどだったが、今は300人を超えた。実力のある中堅、若手も増えてきた。

「同輩に腕っこきがそろい、若手には才能豊かで、面白い人材がいる。落語協会の今後に心配はないと思います。ただ、私としてははじけちゃうような人が出てきてほしい。目玉が飛び出してくるような、規格外の人が出てくると、落語界ももっと面白くなる。そんな落語家を生きているうちに見て見たいですね」

100年事業の「お祭り」を終えた後の落語協会の在り方も見据えている。

「時代に合わせて変えていくという考えもあるでしょうが、私はこのままでいたい。あくまでも寄席をベースに、10日間興行や昼・夜興行などは堅持したい。落語の力強さ、落語家のたくましさ、寄席の存在価値の3つは信頼できるものと信じています」

■多彩な「リレー」も

3月1日から100年事業が始まる。第1弾が1日から10日まで上野・鈴本演芸場昼・夜の部で、100(百)年にちなんで「百年目」をトリの落語家がリレーで口演する。寄席でのトリによるリレーは過去に例のない企画。

1日初日昼の部は林家正蔵から柳亭市馬と副会長から会長へのリレーとなり、8日昼の部は春風亭一之輔から一朝への師弟リレーなど、連日多彩なリレーが楽しめる。11日から20日の新宿・末廣亭では昼の部はトリが「百年目」をじっくりと演じ、夜の部はトリが「百」が入るもう1つの代表的な落語「百川」を披露する企画で、柳家さん喬、三遊亭白鳥、柳家喬太郎らが登場する。

そのほか、5月の浅草演芸ホールでは女流芸人を中心とした番組を予定し、6月の池袋演芸場ではお客からの事前リクエストによる「あの人、この噺」を企画している。

■東京の落語4団体

◆落語協会 会員は300人を超えて、落語4団体の中で最大。会長は柳亭市馬、副会長は林家正蔵で、林家木久扇、春風亭小朝、柳家さん喬、五街道雲助、柳家権太楼、柳家花緑、林家たい平、柳家喬太郎、三遊亭白鳥、桃月庵白酒、柳家三三、春風亭一之輔、蝶花楼桃花など実力派、人気者がそろう。

◆落語芸術協会 1930年に発足し、77年に「日本芸術協会」から「落語芸術協会」に改名。落語家の会員は約160人。会長は春風亭昇太、副会長は春風亭柳橋。最高顧問の98歳桂米丸、桂米助、三遊亭小遊三、笑福亭鶴光、瀧川鯉昇、桂文治、柳亭小痴楽、桂宮治が所属。

◆五代目円楽一門会 1979年に5代目円楽が一門弟子と「大日本落語すみれ会」を発足。「落語円楽党」「円楽一門会」を経て、09年の5代目円楽の死後に「五代目円楽一門会」に。会長は円橘で、鳳楽、好楽、兼好、王楽、萬橘ら約60人が所属する。

◆落語立川流 1983年に落語協会を脱退した立川談志を家元に発足。11年に談志が亡くなった後は、総領弟子の土橋亭里う馬が代表となる。談四楼、志の輔、談春、志らく、談笑ら約60人が所属する。