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フリーアナウンサー垣花正(52)が、今日1日から“マイク生活30周年”に突入する。1994年(平6)にニッポン放送に入社。「垣花正 あなたとハッピー!」(月~木曜午前8時)「ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回」(土曜午前11時)など、同局の看板番組のパーソナリティーを務めながら、19年4月からはフリーとして活動。21年4月からはTOKYO MX「5時に夢中!」(月~金曜午後5時)のMCを務めるなど、充実の“カッキー”に話を聞いた。【小谷野俊哉】
マイク生活30周年に突入した。
「両親が教師で、子供の頃は学校の先生になりたかった。宮古島育ちで、当時はNHKしか映らないし、アナウンサーという仕事自体を知らなかった。高校時代にラジオの深夜放送を聞いて、大学の時はマスコミに行きたいと。就職活動はアナウンサー一本だったけど、早大アナウンス研究会は1日で辞めました。アナウンサーっぽいことを勉強しても、多分アナウンサーにはなれないだろうと。とにかく変わった、人と違うことをやりたかった」
アナウンサーの勉強の代わりに入ったのが、萩本欽一(82)が率いる「欽ちゃん劇団」だった。
「バラエティーをやりたかったんですよ。ただ、なんかチャラいやつだからダメって言われそうだなと思って、実況の練習とかをしてました。入ってから、なんとかなるだろうと思って。でも、なったら全然できなかったんです(笑い)」
入社2年目で抜てきされた夜ワイド「ゲルゲットショッキングセンター」(95~99年)では、「このままだとアナウンサーをクビかなっていう危機感から」モヒカン刈りに。“クールK”のマイクネームで、中高生の支持を得た。
大御所和田アキ子(73)の「いいかげんに1000回」のアシスタントは、が24年目に突入する。
「アッコさんとは、最初は全然ダメだったんです。そもそも僕の遅刻から始まってるんで…。まあ強烈な印象を残して、かろうじてアシスタントになれた。ただ、受け入れられたらアッコさんって本当にファミリー。めちゃめちゃ優しいんで。見てるだけで楽しいですし“特別な生き物”ですから。精神力がすごい。目標を設定して、それに向かってやるって決めた後のエネルギーがすごいんです。横にいて、めちゃめちゃ勉強になります」
メインパーソナリティーを務める「あなたとハッピー」は07年10月から続く。
「当時は、まだ30代で不安しかなかった。正直、3カ月ぐらいで終わると思ってました。周りに相談しないで、いきなり結婚を1回目のオープニングで発表して、会社の中でも評判最悪。ちゃんと根回ししろよって。まさかこんなに続くとは思わなかったですね」
看板番組を続けてニッポン放送のエースアナウンサーになった。
「運じゃないですか。最初の1、2年は、我慢してくれた。それで途中からパートナーが変わって、番組テイストが変わった。(経済評論家の)森永卓郎さんや(新潮社編集者の)中瀬ゆかりさんが加わるようになって、番組が軌道に乗るっていうのは、こういうことなんだなって感じました」
月~水曜のレギュラーを務める森永卓郎氏(66)とは、20年以上の付き合い。森永氏は、昨年12月に膵臓(すいぞう)がんステージ4を発表。治療を続けながら、番組に出演している。
「森卓さんは弱気なんか言ったことないのに、年末に『もしかしたらダメかもしれない』ってLINEをもらった時は、ちょっと覚悟しました。だけどその時に決めたのは、森永さんが出られるのであればずっと出てもらおう、と。闘病してるさまも、ラジオを聞いてる人に伝えてもらおう。それが森卓さんの望みであり、ある種のモチベーションになってくれれば、奇跡が起こるんじゃないかと思っています」
ラジオのレギュラー番組を多数持つ森永氏だが、病気の発表は「あなたとハッピー!」を選んだ。
「森卓さんがうちを選んでくれて病気の発表した時も、ちょっと気が早いけど『必ず治ってもらって“森卓感謝祭”をやります』って言って。そうしたら、ネットに『垣花は森卓の病気を売りにすのか』って書き込まれた。そもそも、その発想がおかしい。森卓さんが弱ってく様子を出すんじゃない、むしろ治るって前提でしゃべってるんですけど…。膵臓がんのステージ4って言われたら、みんな悲観的になるかもしれない。だけど奇跡が起こるかもしれない。それを信じて森卓さんには出てもらうって決めて、たくさん話をした。そしたら、本当にもうびっくりするぐらい森卓さん、元気になった」
19年に退局して、フリーになった。47歳だった。
「きっかけの1つは、働き方改革で。『あなたとハッピー』を月~金曜でやってるのを、どうしても曜日を減らさなきゃいけないって言われた。休みはいらないから働きたいって言っても、サラリーマンである以上は通用しない。じゃあフリーランスになって、働きたいって。それでアッコさんの流れから、ホリプロにお世話になることに」
もう1つは、ニッポン放送OB会の会長を務めるフリーアナウンサー高嶋ひでたけ(81)の存在。99年に独立した高嶋は、今も「高嶋ひでたけのオールナイトニッポン 月イチ」のパーソナリティーを務める。高嶋のように“生涯アナウンサー”を貫き通すために独立した。
「高島さんと一緒に、横浜スタジアムで野球を見ている時に、独立を『全然考えてないです』って言ったら『僕が今君の年齢で君の立場だったら絶対フリーになる』って言われたことから考え始めた。フリーになる目的が、何かということを考えた時に、テレビ番組をやりたい、じゃなく、長くやりたい、と。そのためには、マネジメントする立場の人がいた方がいいだろうなっていうのがフリーになるきっかけ。高嶋さんは1つの理想系で、今でも現役でいらっしゃる。そういう高島さんに言われたのがきっかけです」
独立から半年後の19年9月からTOKYO MX「バラいろダンディ」、21年4月からは現在も続く「5時に夢中!」のMCを務めている。
「テレビは、全然違いましたね。なんか慣れないなと思いながらやってましたけど、結局慣れなんで。今でも慣れてない部分はあるけど、毎日やらせてもらっているから、だんだん楽しくなってきました」
ラジオと違って、テレビは映像がある。スヴェンソンの編み込み式の増毛の愛用者であることを公言している。
「おかげさまで、今では自分のスポンサーにもなりましたから。フリーになる半年ぐらい前にスヴェンソンにしようと思ったんです。フリーになると決めて、1ネタ増やすぐらいの感覚で。だから太ってるってのもキャラ。ギャンブル好きもキャラ。全部もう、最初から他のアナウンサーがやらないことをやるっていうのが自分のスタンス。なのでフリーになる時に、自分自身への手土産として増毛しました。それがきっかけでトークができて、取材が来たり、バラエティーの出演があるならいいよっていうことですね」。
平日帯番組のレギュラーを2つ掛け持ち。充実した日々を送っている。
「マネジャーには、新しく別の帯番組の仕事を入れていいですよ。って言ってます…もちろん冗談ですけど。今、ダブルでベルト番組やっているのは僕だけなんです。だから、朝の帯やって、夕方の帯やって、もうひとつやってトリプルベルトやろうよ、と。あのみのもんたさんでも、トリプルベルトはないんですよ」
現在、52歳。強みは団塊ジュニアの世代であることという。
「僕の世代ってすごく人口が多い。同世代が多いって、これからめちゃめちゃおもしろい。ラジオは共感のメディアだから、同じタイミングで年を取って、リスナーと全ての話題が共有できるし、会社を辞めた時に長くやりたいっていうのが目標だから。52歳、まだまだこれからみたいな。ラジオの場合は若い人だけじゃなく、幅広い世代に聞いてもらうメディアだと思うから」
ラジオへの思い入れは、今なお強い。
「ラジオはやっぱり“知り合い”ですよね。スターじゃなく、自分の知り合いがしゃべってるという感じが、ラジオならではの良さ。僕のことを知り合いだと思ってくれているから、『ハッピー』が始まって軌道に乗らない時も我慢してくれた。その頃聞いてた人が、今『垣花、成長したね』って、時々メールをくださったりする。ダメだった親戚の子が、なんか立派に社会人やってるじゃないかという親近感がある」
見えなくてもラジオから光り出す個性。それこそ“カッキー”垣花正だ。
■「アナウンサースクール」開講
3月からアナウンサー志望の学生を相手に「垣花アナウンススクール」を開講した。「就職活動の学生に向けて、面接の技術を向上させるスクールを個人で始めました。僕がやってきたアナウンサーと一緒で、他の人がやらないことをやるということが就職活動。自己PRを話す時に『他の人と違って私はこれをやった、あるいはこういう取り組みをした』っていう作業。僕にとっては面接の指導ってめちゃくちゃ得意なことなんです」。
◆垣花正(かきはな・ただし)1972年(昭47)1月1日、沖縄県平良市(現宮古島市)生まれ。早大社会科学部卒業後の94年、ニッポン放送入社。19年4月からフリーとしてホリプロに所属。4月20日のニッポン放送ナイター中継「ヤクルト×DeNA」(神宮、午後5時50分)にゲスト出演。「横浜ファンですから、しっかり楽しんで応援します。実況? やりません(笑い)」。177センチ。血液型A。