<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
“アメリカンハードロックの雄”ジャーニーが7年ぶり12回目の来日公演を行い、日本武道館の東京公演初日を取材した。
記者は83年、「FRONTIERS」ツアーで来日した武道館公演を見ている。「BEST HIT USA」で流れた「SEPARATE WAYS」のスティーブ・ペリーのメタリック・クリアボイスは、当時、ロックに目覚めた少年時代の記者にとって、衝撃以外の何ものでもなかった。もちろん、今のようにネット情報はなく、専門紙を買いあさり、ファンクラブに加入し、チケットを入手した。
そして迎えた当日。一番の目的はナマでの同曲だが、群馬に住んでいた記者にとって気になるのは終電だった。結局、アンコールまで披露されず、終電を逃した。途中まで帰り、今は亡きオヤジに迎えに来てもらったのは、いい思い出だ。
その後、アーネル・ピネダに変わったジャーニーを国際フォーラム、武道館で見た。そして4度目は、取材として関わった。
ジャパンツアー前の9月。アーネル・ピネダはブラジル公演でのパフォーマンスに誹謗(ひぼう)中傷を受け、SNSで自身の進退をファンに問いかける投稿をした。結果的にとどまることとなったが、正直、どこかに心配もあった。アーネル・ピネダは57歳。喉が楽器のボーカリストにとって、年を重ね、ツアーを重ねることは、間違いなく負担となるからだ。
だが、そんな心配はオープニング曲のシャフトで吹き飛んだ。57歳とは思えない、そして、以前と変わらぬ声とパフォーマンスで、ジャーニーのフロントマンとして完璧なパフォーマンスを見せてくれた。少なくとも、記者の目にはそう映った。
同時に思ったのは、「ニール・ショーンが求める理想の楽曲にとって、あの声もしくは声質は、必要不可欠要素」ということだ。スティーブ・ペリーの脱退後に加入したスティーブ・オージェリーも、そしてアーネル・ピネダも、まさにメタリック・クリアボイズだった。
もちろん、2人はスティーブ・ペリーではない。特にフィリピン人のアーネル・ピネダにとっては、逆風もあっただろう。実際、記者の周りでも「スティーブ・ペリーでなければジャーニーではない」と、いまだにかたくなな者もいる。だが、パフォーマンスを繰り返すことで世界中のファンを認めさせてきた。“アメリカンドリーム”の歴史は、もしかしたらアンチとの戦いの歴史だったのかもしれない。これは記者の邪推だが、認めさせてきた自負があるからこそ、ファンを信頼してあの投稿を行ったのではと、今では思っている。
そしてバンドは、今年デビュー50周年を迎えた。ニール・ショーンは70歳、ジョナサン・ケインは74歳。だが、83年に初めてみた感動から、今回もそれを超える感動を与えてくれた。ファンとしては「KEEP ON RUNNIN'」してくれることを願いたい。