<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
真田広之(64)が製作、主演した「SHOGUN 将軍」が米ゴールデングローブ賞のテレビドラマ部門で主要4冠を制した。昨年のエミー賞18冠に続く快挙だ。エミー賞が史上最多部門なら、こちらも主演の真田と助演男優賞の浅野忠信(51)は初の日本人受賞として歴史に刻まれた。
トム・クルーズ主演の「ラストサムライ」に出演したのきっかけに米国に拠点を移して20年。「この素晴らしい旅をともにしてくれたすべてのキャスト、スタッフに感謝します。これまでの私の人生に関わってくれたすべての皆さまのおかげで私はここにいます」と、英語のスピーチも板についていた。
ここに至るまでの道のりは決して楽なものではなかったと思う。語学を始めとした現地に溶け込むための並外れた努力、そして自らの知識と経験を惜しげなくスタッフ、キャストに伝える姿勢で今日の地位は築かれた。
海外進出のきっかけは99年の英ロンドン、ロイヤル・シェークスピア・カンパニー公演「リア王」にただ1人の日本人俳優として参加したことだった。12年前にインタビューした時、真田は「実は話が決まった公演半年前の時点では、英語は日常会話がやっとというレベルだったんです」と明かした。シェークスピアの専門家を含む5人の語学コーチについて猛特訓。公演後には名誉大英勲章第5位を授与されるまでになったのだから、その集中力、吸収力は半端ない。
その姿勢は「本物」と実力者の胸を打つのだろう、故中村勘三郎さんから英国国旗への寄せ書きを贈られ、公演中ずっと楽屋に張っていたという。
語学へのこだわりは英語に止まらない。中国のチェン・カイコー監督の「PROMISE 無限」(06年)に出演したときは2カ月間の中国語レッスンを受けて撮影に臨んだ。そのかいあって日中韓の俳優が共演した撮影は滞りなく終了した。セリフは後から入れるアフレコ方式だから、日韓の俳優は撮影終了とともにお役御免となる。
が、それでは気が済まないのが真田で、フィルム編集が終わった時点でアフレコにも名乗りを上げ、再び北京を訪れた。中国人声優と横並びのオーディションで勝ち残り、自身の役へのオフレコに臨む。
1日12時間スタジオにこもる生活。他の出演者のアフレコはあっさり終了するが、真田は全編終了までに3週間を費やした。
「そこで、なんですよ。音声スタッフから『この3週間で君はめざましく進歩した。もう1度最初からやってみないか』と。スタッフは僕のためだけに集まってくれていたわけですし、僕も望むところだ、となったわけです。中国は広いですから隣室には各地からきたブラインドモニターがいて全員が理解できるまで続けるわけですが、それまでの録り直しがウソのようにすべて1テークでOKが出たんですよ」
当時の取材でも語学へのこだわりと習得能力に驚かされたが、その熱意は周囲も動かす。
「『ラストサムライ』の時はこれが最初で最後のハリウッド映画になってもいいという思いで臨んだので、殺陣はもちろん時代考証で気付いたこと思ったことはどんどんいいました。フィルム編集にも立ち会って、あれこれ口出ししました。嫌われるかもしれないと思ったけど、日本の描写をおかしくしたくなかった」
が、嫌われるどころか、その熱意はプロ意識の強いハリウッドのスタッフの心に響いた。
撮了後には、真田をたたえる宴が設けられ、ここで得た信頼は後に出演したハリウッド作品のスタッフとの良好な関係にもつながった。得意のアクションシーンや日本を題材にした作品では、アドバイザーとしての役割も果たしてきた。
「SHOGUN」のプロデューサーとして、スタッフ、キャストをスムーズに動かせたのも、この「ラストサムライ」以来の実績があったからに違いない。【相原斎】