80年代からフジ取材続ける記者が臨んだ「10時間半会見」名刺交換したジャーナリストの顔が硬直

フジテレビの記者会見は午前2時21分過ぎに終了した。中央は港浩一社長(2025年1月撮影)

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

先月27日に行われた「フジテレビの10時間半会見」を取材した。日本の芸能界史上一番長い会見時間を更新した。今までの記録だった、19年(令元)7月22日の吉本興業岡本昭彦社長の5時間会見も取材しているので、これで“芸能長時間会見”のワンツーフィニッシュだ。

フジテレビの最初、1月17日の記者クラブだけを対象にした緊急会見は“戦力外”。同23日の遠藤龍之介副会長の民放連会長としての会見取材を命令されてから、一連の取材に関わった。23日の会見で遠藤副会長が、中居正広氏のトラブルを知ったのが、昨年暮れの週刊文春による自宅直撃取材と聞いてびっくりした。

遠藤副会長は、今回以前のフジテレビの最大の危機である05年のライブドアによる買収事件に広報部長として対応した。そして、現在もフジテレビの危機管理の最高責任者である。その遠藤副会長にトラブルが伝えられていなかったのは、もっと内輪の関係者による隠蔽(いんぺい)の意志があったのではないか疑われても仕方がない。

港社長は、トラブルから2カ月後の2023年(令5)8月に報告を受けたという。そこで10時間半会見ではしつこく手を挙げ続けて、2時間半後に指名された。壇上の他の嘉納修治会長、金光修フジ・メディア・ホールディングス社長、清水賢治新社長も週刊誌報道でトラブルを知ったという。トラブルの真相は、ひとまずは第三者委員会の調査を待つことになる。離れていったスポンサーを呼び戻すためにも、フジテレビの信頼回復は急務だ。

記者は80年代の末からフジテレビの取材を続けている。トレンディードラマ全盛時代や、今では考えられない「ドキッ!丸ごと水着女だらけの水泳大会」を毎年取材していた。92年(平4)の鹿内宏明フジサンケイグループ議長の解任事件も取材した。楽しい事もつらいことも、フジテレビの取材で経験した。現場のフジテレビ社員たちは、この苦境を脱するべく必死だ。上層部は、己を捨てて事態に臨んでほしい。

と、真剣に取材する一方で、怒号が飛び交う阿鼻(あび)叫喚の取材現場にいられることを楽しんでもいた。椅子6つ分離れた右側には、菅義偉元総理の官房長官時代の会見から、有名な女性新聞記者がいた。YouTubeも見ているし、著書も読んだ。そして、通路を挟んだ左には「一月万冊」というYouTubeで、ご高説を毎日のようにたまわっている元新聞記者のジャーナリストがいた。

芸能記者の基本である、ミーハー気分のワクワク気分を必死に抑えていた。すると、午後10時過ぎの休憩タイムに1人の男性が話しかけてきて、名刺を交換した。あとで調べると、潜入取材で有名なジャーナリストだった。その人は真剣なまなざしで「フジテレビを正しましょう」と言った。あまりにも純粋な言葉に気押されて「僕は多分、この取材者の中でも一番フジテレビ取材が長い方で『女だらけの水泳大会』の取材も毎年やっていました」と説明させてもらった。その瞬間、相手の顔が硬直した。

玉石混合、日本の取材記者の今を知ることができた貴重な経験ができた。これを糧にして頑張ろうと思う。【小谷野俊哉】