大谷超えの「80―80」へ 田辺靖雄と九重佑三子のおしどり夫婦、ギネス超えて続ける二人三脚

田辺靖雄(左)、九重佑三子夫妻=2025年2月8日

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

おしどり夫婦で知られる歌手の田辺靖雄(79)と九重佑三子(78)夫妻が、来年の「80-80」(エイティー・エイティー)に向けて動きだしている。

26年は、田辺が4月5日の誕生日に81歳。九重は3月21日で80歳になる。ともに「80歳(傘寿)」なのは3月21日から4月4日まで15日間ある。この「80-80」の15日間をピークに、その前後の期間も含め積極的に活動していくという。

メディアへの露出はもちろん、ライブツアー「Happy 80-80 Concert」(仮題)の実施。ともに80歳の現役夫婦デュオとして、ギネス申請も行う予定だ。

「80-80」の発想は、ドジャース大谷翔平投手が昨年達成した「50-50」(フィフティー・フィフティー=50本塁打、50盗塁)を参考にした。

田辺は「この期間だけでなく、その後も、ともに80代の現役として歌っていきます。集大成ではなく通過点ですね」と語る。

「80-80」の皮切りとして、田辺の80歳の誕生日の今年4月5日に、2人のメッセージを込めたアルバム「Good Times」を発表する。

テレビ創世期のNHKの伝説的な音楽番組「夢であいましょう」の主題歌や、同番組から生まれた懐かしい名曲の数々をメドレーで収録した。

2人からのメッセージ曲として、田辺は「マイウェイ」を自らの日本語詞で収録した。「今まで歩いた足跡 いまさら 消してはいけない 誇りを持つんだ 自分らしさで」と歌う。

九重は敬愛した先輩ペギー葉山さんの名曲「夜明けのメロディー」を収録した。作詞は作家五木寛之氏で「すてきな思い出だけ 大事にしましょう」と歌う。

九重は「同世代の方々の心の隅には、ダイヤモンドみたいにキラッと輝く思い出が残っているんです。これから先も、その素晴らしい青春を思い出しながら、一緒に楽しんで生きていこうよ、という意味でアルバムのタイトルをつけました」という。

「80-80」の構想には、2人の信条の「明日(あした)がまだある」が根底にある。14年発表のデュエット曲のタイトルで「2人ともいい年になったが、明日がまだある。夢の続きを探しに行こう」と歌う。

2人は生きる活力である「明日」を、歌で各地に届けることが、今の自分たちのエンターテインメントであると活動している。

田辺は「同世代の方はかつてアイドルだった我々夫婦を見て、同様に恋をした自分たちを思い出し、明日への活力を得るんです。だから僕たちが一緒にやることに意味があるんです」。

九重は宇宙から来たお手伝いさんを演じたTBS系特撮ドラマ「コメットさん」(67年)で、国民的アイドルとなった。同年の第18回NHK紅白歌合戦で、当時史上最年少の21歳で紅組司会となった。

田辺も同年にTBS系情報番組「ヤング720」の司会を務めるなど、人気歌手、さらには俳優としても大活躍した。

73年1月、東京・世田谷八幡宮で森繁久弥夫妻の媒酌で結婚した。田辺27歳、九重26歳だった。23年に結婚50年(金婚式)を迎えた。これからも二人三脚で歩んでいく。

田辺は「限られた人生で、僕たちの世代は最終コーナーに入っている。せっかく生まれて、ぞれぞれの時間を生きてきたのだから『ありがとう』の気持ちを持って、楽に生きることが一番いいことじゃないかなと思います」と語る。

「80-80」の活動は同世代の人々の、明日への活力となりそうだ。

【笹森文彦】

◆田辺靖雄(たなべ・やすお)本名・田邊靖雄。1945年(昭20)4月5日、東京生まれ。61年に渡辺プロダクションにスカウトされた。63年「雲に聞いておくれよ」で第14回NHK紅白歌合戦に初出場。64年に「二人の星をさがそうよ」で紅白連続出場。10年に一般社団法人日本歌手協会の8代目会長に就任し現職。171センチ、血液型O。

◆九重佑三子(ここのえ・ゆみこ)本名・田邊裕子。1946年(昭21)3月21日、東京生まれ。62年にダニー飯田とパラダイス・キングにスカウトされ、ボーカルとしてデビュー。63年「シェリー」が大ヒット。ソロに転身し、64年の第15回から5年連続でNHK紅白歌合戦に出場(第18回は司会で歌唱はなし)。163センチ、血液型A。