丘みどり、女性演歌歌手史上初の両国国技館コンサート「ここで歌えるような人生になるとは」

女性演歌歌手として初めて両国国技館でコンサートを行った丘みどり

丘みどり(41)が6日、東京・両国国技館でデビュー20周年特別公演「花道」を開催した。相撲の殿堂の国技館では過去に、甲斐バンドやポール・マッカートニー、さだまさしらがコンサートを行っている。しかし、国技館ができて116年の歴史の中で、女性演歌歌手がコンサートを行うのは史上初めてだった。

丘は「ここで歌えるような人生になるとは想像もできない歌手生活でした。何でも1番はありがたいことです」と話した。

メインステージから、ちょうど土俵の位置の特設ステージまで、花道が設けられた。この日の特別公演のタイトルは「花道」。

相撲の「花道」とは、力士が土俵に向かう通路で、かつて力士が頭に花をつけて通ったことに由来しているという。

演劇や音楽の「花道」は、メインステージと役者や歌手を結ぶ道のこと。両者に共通するのは、その回りにたくさんのファン、観客がいることだ。

この日、国技館の升席には2人が座れるようにし、約4000人が詰めかけた。その大観衆を前に、米歌手レディ・ガガが着た花魁(おいらん)の着物姿で登場。花道を渡って、特設ステージに立つと、喝采が起きた。

開演直後から「佐渡の夕笛」「紙の鶴」「鳰の湖(におのうみ)」を連続で歌った。NHK紅白歌合戦に3年連続で出場した際の歌唱曲である。

国技館という場所を意識してか、お座敷唄や民謡など和の歌を披露した。ドレス姿に変身しての歌謡曲カバーのコーナーでは、「六本木心中」「DESIRE」など、激しい踊りで披露した。

人見知りで、5歳の時に母の勧めて民謡教室に通い始めた。メキメキと頭角を現し、11歳で初めて出場したふるさとの兵庫県日本民謡祭名人戦で「しゃんしゃん馬道中唄」(宮城県民謡)を歌い、当時の最年少で優勝した。演歌歌手になるが夢になった。

20歳の時に演歌歌手としてデビューしたが、ヒットはしなかった。翌年の06年には、自分を歌の道に導いてくれた最愛の母を大腸がんで失った。47歳の若さだった。その母が病床で「ママは幸せだったよ。でも後悔もたくさんある。ママの分までしたいことをいっぱいしてほしい。やらずに後悔するより、やって後悔のない生き方をしてほしい」と丘に語りかけた。

丘はその言葉を心の支えに歌い続けてきた。今夏、のどの違和感で入院した。その期間も、この日に向けたダンスのイメージトレーニングなどを行った。

この日、万全の歌声で、記念曲「夜香蘭(ひやしんす)」「千年の花」など45曲を熱唱。女性演歌歌手として初めての特別公演を見事に完走した。【笹森文彦】

○…丘は公演前の会見で、4日に死去した歌謡界の大先輩の橋幸夫さん(享年82)について語った。橋さんとはかつてテレビ番組で、代表曲「いつでも夢を」をデュエットしたことがあったという。「『いい感じだったよ』と、声をかけていただいた。大スターなのに、とてもやさしくおっしゃっていただいた」と神妙に話した。