梶芽衣子、デビュー60年記念企画で「何人、殺したか…怖がって男がやってこない、まだ独身」

「第47回ぴあフィルムフェスティバル2025」の特集企画部門として開催された「私が憧れた女優たち~梶芽衣子デビュー60年記念企画」でトークする梶芽衣子(撮影・村上幸将)

梶芽衣子(78)が7日、都内の国立映画アーカイブで行われた「第47回ぴあフィルムフェスティバル2025」の特集企画部門として開催された「私が憧れた女優たち~梶芽衣子デビュー60年記念企画」でトークを行った。

1972年(昭47)にシリーズ第1作「女囚701号/さそり」(伊藤俊也監督)が公開された、主演の「女囚さそり」シリーズをはじめ、人を殺す役が多かったといい「人殺し(役)ばかりだもの…何人、殺してきたか分からない。女優なのに。怖がって男がやってこない…だから、まだ独身なのよ」と言い、客席を笑わせた。

「私が憧れた女優たち~梶芽衣子デビュー60年記念企画」は、新人時代にひたすら映画を見て学んだという梶が心を打たれた至高の女優たちの4作品をセレクト。7日は60年のイタリア・フランス合作映画「若者のすべて 4Kレストア完全版」(ルキノ・ヴィスコンティ監督)と、若尾文子(91)が出演した62年「しとやかな獣」(川島雄三監督)の上映後に“女優の語る女優”というテーマでトークを展開した。

梶は、高校時代に「アルバイトでモデルをやっていてスカウトされたでしょ」と俳優になったきっかけを明かした。「お芝居やりたいとか、歌を歌いたいとか全く憧れがない。デパートでお客さんに配る、ジュニア雑誌の写真を撮るだけ。全く興味がなかった。(高校時代は)何も興味がなかったの。私は、何がやりたいとか、どうしたい、こうしたいとか、なかった」と当時は俳優業に全く興味はなかったと繰り返した。

いざ俳優になってみると「『せりふを覚えて来い』って言うから、覚えていくけど、どう言ったら良いか分かんない。分かんないところからのスタート。台本に役の説明も書いていない。分かるはずもない。どういうふうに聞いたらいいか分からない」と、難しさを感じていたという。「ものすごい孤独で不安…毎日、辞めたいと思った。私、無理ですわと言ったら(スタッフは)『あなた、そこにいる以上、プロなんだからやれ』と言うだけ…何て意地の悪いおじさんだろうと。毎日、お風呂に入って悔しくて泣いていましたよ。明日、撮影所、行きたくないって」と続けた。

「女囚さそり」シリーズは「自分から降りましたよ」と、自ら降板したという。「テレビで、いろいろな役をやれたらいいなと思った。映画は当たった役しか来ない」という思いからだったが「大変な目に遭った。バッシングも受けて仕事もマイナス状態。その覚悟でした」と振り返った。その後、74年のTBS系ドラマ「寺内貫太郎一家」への出演を経て「テレビの仕事が、少しずつ来るようになった」という。「断らないで、どんどんやった。テレビで芝居の勉強をさせてもらいました」とも語った。