女優秋吉久美子(71)が9、10日に東京・南青山マンダラで上演される、セミョーノフ座の旗揚げ公演となる音楽劇「僕と君とピアフ ~あなたはエディット・ピアフを知っていますか?~」に出演する。舞台は現代のバー。バーテンダーをしながらミュージシャンとして生きる青年(聖児セミョーノフ=41)が1冊の本から、20世紀最大のシャンソン歌手でありフランスの国民的歌手だった、1963年(昭38)に47歳で死去したエディット・ピアフのことを知る。訪れた客たちとピアフの魂を感じ合い、話し合う一夜の物語。秋吉は客の1人を演じる。秋吉と、プロデュース、脚本も担当するセミョーノフに聞いた。【小谷野俊哉】
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演じ手として、映像作品と前に観客がいる舞台の違いを感じている。
秋吉「全然違います。競技が違う。例え同じ陸上競技だとしてもね。演劇というのは目の前にお客さんがいる。だけどフィルムの場合は、カメラを通して目に見えないお客さんに向かって、会ったこともない誰かに向かっている。今は舞台直前ですから、目の前のお客さんを大事にしたいと思います」
歌を歌い始めた。楽器は、ピアノを習ったことがあるという。
秋吉「ヤマハ音楽教室にも行ってたんですけど、不器用で諦めちゃった。バレエもやってたんですよ。それも不器用で諦めちゃった。日本舞踊もやってたんですよ。でも、マネジャーから止められちゃったんですよ。『あなたは女優じゃなくて、芸者になりたいの』って。三味線と日本舞踊を芸者の役をやった時にね。役に立つからやってるわけじゃないんですよ。自分がその世界に入っていくのが好き。例えば、日本舞踊をやっても『300年前の人も同じ振りで、同じ形で踊ってたんだな』って。ある種の時間を突き抜ける感覚が好きで。不思議じゃないですか、300年前の芸妓(げいこ)さんが同じ形で踊ってたっていうのが、同じ空で違うものを見ていたのが」
セミョーノフ「秋吉さんは、声が本当にすてきなんです。フランスの歌って、声が大きいだけとか、響くだけとかじゃなくて、やっぱり出て来る言葉のニュアンスとかが大事なんです。声がすごくチャーミングで、秋吉さんしか出せない味、いろんな経験を重ねてきた中から出て来る説得力を、歌を聴いててすごく感じます。秋吉さんの歌を聞いて、僕もいろいろなことを教わります」
秋吉「そこはうれしいとこですけど。この間、カラオケで、明菜ちゃんの『タトゥー』を歌ったらみんなにイマイチって言われた。この歌って難しい、どこで息吸っていいかわからない。百恵ちゃんの『秋桜』だって難しいですよね。百恵ちゃんって20歳くらいで歌ってて、すごいなって最近思うようになりました。なんかその世界にパッと入るじゃないですか。娘から横須賀の女に至るまで」
秋吉の1年後の1973年(昭48)に歌手としてデビューして、80年に三浦友和との結婚で引退するまで7年間活動した山口百恵。女優と歌手の違いはあるが、同じ時期に芸能界で活動した。
秋吉「交流はないです。だから別種競技なんですよ、全く違います。シンクロナイズの人とマラソンの人が会うことはないじゃないですか、知ってますかって言われてもね。もちろんテレビでは見てましたけど」
セミョーノフ「シャンソンっていうのは、秋吉さんの声質に、言われてみればすごく向いてますよね。いろんな似合う曲があるなと思って、今も5、6曲レパートリーがありますけど、おそらくあと4、5曲増えたらソロライブができますね」
秋吉「自分の目指すシャンソンっていうのがあるので、やっぱりいつかできたらいいなと。『私を見て』じゃなくて『あなたを見て歌う』。やっぱり多くの歌手の方が『私を見て』で歌うと思うんですよ。でも、『あなたを見て歌う』っていうのが大事かなって思っているんです。エディット・ピアフなんかでも『あなたを見て歌ったか』って言ったら、あなたは見てないかもしれない。でも、あなたを通り過ぎた何かを見て歌ってると思うんですよ。私も演技はそれを常に心がけているので、歌でもできるようになったらいいなと思っています」
エディット・ピアフという存在に魅了されている。
秋吉「自然と耳に入って来るみたいな。独特の幸せも不幸も全部歌に込めてるっていう意味では、役者もアスリートたちもそうだと思いますけど。この世のオリみたいなもの、あの水に浮かんだりするものですけど、そのオリみたいなものを突き抜けて純粋になっていて、人とつながって行くことができる人というのは素晴らしい。そういう意味では、ピアフっていうのは素晴らしい存在だなって思っています」
エディット・ピアフが生まれ、歌い、死去したフランスに心地よさを感じている。
秋吉「伸び伸びできますね。言いたいこと言えるって感じ、すぐけんかしてますよ。議論ですけどね。すぐに議論して、ちょっと気にさわることを言われるのが好きみたいな。日本人の場合は気にさわること言われるのが嫌いだけど、向こうは気にさわること言われると、オッて言う。なるほどね、じゃあ、こう言ってみようかとか。議論が好きなんじゃないかな」
2年前、今回に次ぐ、次の公演にも期待がかかる。
秋吉「その前に魂、磨かないとね。SNSはブログだけやっています。テレビの連ドラの企画で書き出したんですよ。その連ドラが終わったらやめようと思ってたんですけど、そのまんま長々と続けてるんですよ。なんか頼まれると断れないタイプなんです。毎日更新の時もあれば、1日3回の時も。最高に休んでも2週間くらい。最新情報は亀に餌をあげたことくらい。そんなような内容です」
(終わり)
◆秋吉久美子(あきよし・くみこ)1954年(昭29)7月29日、静岡県富士宮市生まれ。高校卒業まで福島県いわきですごし、72年に映画「旅の重さ」で女優デビュー。74年、藤田敏八監督の日活青春映画「赤ちょうちん」「妹」「バージンブルース」でトップスターに。76年映画「さらば夏の光よ」「あにいもうと」でブルーリボン賞主演女優賞。80年NHK「夢千代日記」。81年映画「の、ようなもの」。82年映画「さらば愛しき大地」。87年映画「男はつらいよ 寅次郎物語」でマドンナ。88年映画「異人たちとの夏」。95年(平7)映画「深い河」。趣味は動物調教、料理。162センチ。血液型O。