ビリー・バンバン弟の進が兄孝さん偲ぶ 「白いブランコ」「バラが咲いた」歌う せんだみつおも

歌唱を披露する菅原進(撮影・中島郁夫)

11日に81歳で亡くなった兄弟デュオのビリー・バンバン菅原孝さんの弟、菅原進(78)が28日、都内で会見した。新宿ケントスで行われた、兄弟の師匠で作曲家の浜口庫之助氏の没後35周忌・生誕108年祭「浜口庫之助傑作選」の開演前に、デビュー前のビリー・バンバンのメンバーだったタレントせんだみつお(78)、浜口さんの夫人の歌手渚まゆみ(80)と共に、兄の孝さんをしのんだ。

最初に進が1人で登場。「9月11日に兄貴は亡くなりました。病名は肺炎でしたが、それまで病院で寝込んでいました。今から思うと、あんなに優しい人はいませんでした。その上に頑固で、だんだんと思い出がよみがえってきて、とっても寂しいです。お兄さんと僕は、とっても仲が悪かったんです。でも、それは狩人もブレッド&バターも同じ。だんだんと分かり合っていくのです」と振り返った。

そして「1969年のデビューから、もう57年目です。『白いブランコ』は大ヒットしました。コンサートは楽しいけど、今日だけは特別。兄貴のことを思い出しながら歌いたい。隣に兄貴さんがいてハモってくれると思います」と、1人で隣に孝さんがいるかのように「白いブランコ」を歌った。

デビュー前は兄弟で浜口庫之助氏に師事した。進は「『バラが咲いた』ができた時、先生が『おい兄弟、こっちに来い。これでデビューして、ヒット間違いないないよ』って。そうしたらマイク真木に持って行かれちゃった(笑い)。当時、猿楽町の先生のお屋敷に大きな庭があった。そこの大きなブランコに座って『白いブランコ』を作りました。今、振り返るととってもいい時代だった。帰りに『いいちこ』じゃなく、ホッピーを飲んだのを思い出した。ホッピー・ステップ・ジャンプと」と、長くビリー・バンバンの「また君に恋してる」がCM曲に使われている焼酎の名前を挙げて笑った。

そして「やっぱり兄貴が隣にいてほしいよ。空気がね。仕方ないんですけど、今日は兄貴のことを思いながら歌います。これから1人で兄貴の分まで生きて行きたいと思います。去年からずっと入院していたけど、『兄貴、進だよ』と声をかけるとうっすら目をかけて『ああ』と。『白いブランコ』がヒットした時は、芸能界って簡単にヒットするんだなと勘違いしちゃって、後半大変だった(笑い)。全てが思い出です。これからもビリー・バンバンとして歌って行きます」と話した。

せんだは「今日のライブは本来は浜口先生をしのぶもので、お兄さんが亡くなる前に決まっていました。お兄さんと先生との思い出がよみがえります。私はアマチュアの頃の初代ビリー・バンバンのメンバーでした。元々、弟さんの進さんと仲良くしてたんですが、孝さんは芸能界に入れてくれた恩人です。訃報を聞いて、そういう日が来たんだと感無量でした。進さんが『白いブランコ』を歌うのを聴いて、昭和ってすごかったなと思いました。ビリー・バンバンは癒やされる。今はトゲトゲしい事件が起きるけど、昭和はいいなと感じました。お笑いの『ナハナハ』『コマネチ!』といったギャグは消えるけど、歌は残る。僕もデビューのメンバーに入れてもらえばよかった(笑い)。お兄ちゃんは人格者で頑固者で、魅力的な人でした。お兄ちゃんと一緒にいられてよかった」としのんだ。

渚は孝さんとの思い出を振り返って「親しくさせていただいてました。浜口が亡くなって、こういう会を作っていただいてうれしいです。本当に幸せで、感謝感激です。これからも頑張って歌ってくださいね」と、進たち“ハマクラ門下生”に声をかけた。

孝さんは2014年(平26)7月に脳出血で倒れ、左半身にまひが残ったが翌15年5月に仕事復帰。車椅子に乗って音楽活動を続けていた。進は「僕も、その3カ月前に大腸がんの手術を受けていました。兄弟で乗り越えて、だんだん回復して、その後の10年くらい一緒に歌ってきました。声も出るし、いい声を出していました。僕もビリー・バンバンを続けて、声が出る限りは歌い続けていきたい」。

本番のステージで進は、デビュー曲の「白いブランコ」と「また君に恋してる」、そして浜口氏の作詞作曲による「小さな瞳~小さな思い出」「バラが咲いた」を歌った。

孝さんは今月11日午後4時34分、都内の病院で肺炎で亡くなった。19日に神奈川県内の斎場で、家族、親戚で密葬が行われた。

ビリー・バンバンは66年(昭41)、青学大在学中だった進が友人と4人組のバンドを結成。せんだらの加入・脱退を経て、慶大在学中から音楽活動をしていた孝さんと進の2人で、68年5月にビリー・バンバンを結成。翌69年1月に「白いブランコ」でデビューして20万枚超のヒットとなり“カレッジフォークの旗手”と呼ばれた。72年に日本テレビ系「3丁目4番地」の主題歌に起用された「さよならをするために」が80万枚超の大ヒット。同年のNHK紅白歌合戦に初出場した。

76年にビリー・バンバンを解散。菅原さんは司会業にも進出した。84年に再結成して、07年(平19)にリリースした「また君に恋してる」は焼酎「いいちこ」のテレビCMとして長く親しまれ、坂本冬美らがカバーしている。