ちょんまげを結って活動している落語家、立川志の八(51)が「立川志の八の東海道中膝瓜毛~丁髷(ちょんまげ)と落語で歩く東海道五十三次」と題して、東海道の宿場町を歩いている。行く先々で落語を演じ、人々と交流しながら京都・三条大橋のゴールを徒歩で目指す。今年で芸歴25年の立川流の真打ち、志の八に聞いた。【取材・構成=小谷野俊哉】
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コロナ禍が感染拡大していた2022年6月から伸ばした髪の毛でちょんまげを結った。自分自身で、電気シェーバーを使って月代(さかやき)を剃って、結い上げている。
「髪の毛を洗って、乾かして、ちょんまげを結うまでに1時間ぐらいです。最近は慣れてきましたけど、一応1時間は見ておきます。まぁ、1時間はかからなくなりましたけどね。暑い夏なんかは、毎日髪を洗いたいじゃないですか。そうなるともう毎日、洗って結わなきゃいけないんで、その分、早起きです。仕事のある日は、ヘアセット、ちょんまげ結いの時間を逆算して準備をしています」
ちょんまげを結った頭で着物を着て、高座に上がって落語を演じる。ごく自然に思えるが、現代の普段の生活ではちょんまげは“異物”だ。
「普段は、普通の服を着てますよ。Tシャツとか、そんな感じですね。今の時代はどうしても洋服にあった時代なので、やっぱり楽な方に行ってしまいますね。表に出る時は帽子をかぶっています。やっぱりね、ちょんまげをちゃんと結ったら、まだいいんだけど、そうじゃない時はザンバラで落ち武者みたいになっているからびっくりされる。一応、世間の目は気にしながら生きています(笑い)」
生まれは横浜。東海道五十三次の神奈川・戸塚宿だ。父親が神奈川県民ホール寄席の席亭を務めていたことから、幼い頃から落語に親しんだ。
「おかげさまで、僕の年齢では多分見られなかっただろう名人を小さい時に見られました。5代目の柳家小さん師匠、10代目金原亭馬生師匠、桂枝雀師匠といった、亡くなった方を見ています。5代目三遊亭円楽師匠、古今亭志ん朝師匠も、子供の頃に見ています。そういう名人上手を子供の頃から見せてもらった。それで本当に落語が大好きになりました」
高校卒業後にデザインの専門学校通って卒業。アルバイトをしたり、父親の落語会の仕事を手伝ったりしていた。00年5月、26歳になる時に立川志の輔(71)に弟子入りした。
「それはですね、父親が立川流だけは見せてくんなかったんです。それで、二十歳をすぎてからだったんですけども、家元(立川談志)もそうですし、うちの師匠の志の輔も、衝撃がとにかくすごくて。それから、うちの師匠を追いかけるようになりました。それで、家元を見に行ったりだとか。いろいろな師匠たちを見ましたけど、なんか自分その時の心境から立川流しかないなと思ったんですよね」
「神奈川県民ホール寄席」の席亭を務める、父親の反応は複雑だった。
「『お前、(落語)協会にしとけ』って。もうめちゃくちゃになってましたね。なんか本当に困ってましたね。もちろん自分が主催する中で、落語協会と気まずくもなるじゃないですか。まぁ、悩み半分でも言ってくれたことによって、うれしさも半分みたいなのは、ちょっと感じましたね」
予定では10月いっぱいで京都到着が目標も、天気任せ、人任せ。詳しくは志の八のX(旧ツイッター)をチェック!
(続く)
◆立川志の八(たてかわしのはち)1974年(昭49)5月24日、横浜市戸塚区生まれ。00年5月、立川志の輔に入門。09年二つ目。11年年「第10回さがみはら若手落語家選手権」優勝。12年「前橋第四回若手落語家選手権」優勝。17年真打ち。168センチ、74キロ。血液型B。