尾上右近が明かす“二刀流”への思い 錦秋十月大歌舞伎の「義経千本桜」は清元立唄と役者で活躍

「錦秋十月大歌舞伎」に向けポーズを決める尾上右近(撮影・小島史椰)

<情報最前線:エンタメ 舞台>

尾上右近(33)が、「錦秋十月大歌舞伎」(21日まで、東京・歌舞伎座)で大車輪の活躍を見せている。

A、Bプロ2通りの配役で上演する「義経千本桜」で、前半日程のAプロは清元栄寿太夫として清元の立唄(清元の太夫をリードする役目)で出演し、上演中のBプロでは、芝居、踊りと見せ場満載の大役、佐藤忠信実は源九郎狐を演じている。このほど取材に応じ、役への思い、歌うことで感じる気持ちを語った。【小林千穂】

■主人公は超人的な力

「義経千本桜」は、源平の時代を背景に、源義経や平家の武将、忠誠を誓う人々が描かれている。右近が演じる「佐藤忠信実は源九郎狐」の役は、静御前に付き従う家来に化けているが、正体は親ギツネを殺された子ギツネというキャラクター。物語全体の序章である「鳥居前」では力強い荒事を、「吉野山」では満開の桜の中での踊りを、「川連法眼館」では、正体を明かし親への思いを見せる。「鳥居前」の狐忠信は初役となる。

「荒事は、単発のお仕事やイベントごとではやったことはあるのですが、歌舞伎座の公演では初めてです。役者としての作業、役を作るとかお芝居や演技を組み立てること以前に、役柄の表現方法を取得することが古典にとっては一番重要なことだということを、荒事を通じて(尾上)松緑のお兄さんに教えていただきました。本当に手取り足取り細かく教えていただいて、不安がない状態で『鳥居前』の第1歩を踏み出せることに深く感謝しています」

荒事の主人公はいわゆる、超人的な力を持っている。全体の力強さに目がいくが、足や手の表現が大切だと教わったという。

「力強さの表現の1つ、『力指』は足の親指を立てるんです。いつ立てるのか、いつ下ろすのか分からなくて、松緑のお兄さんに聞いたら『できるだけずっと立てる』と。演技やせりふに集中するとうっかりしがちで、難しいんですよ。あとは、手の向きや角度、位置、微妙な指のそり具合。強さと柔らかさが同居していることを一番表現するのが手なんだと、松緑のお兄さんから学びました」

女形と立役、大きく2つに分けられるが、さらにキャラクターや年齢層でいろいろな違いがある。どんどんとできる役柄を増やしている印象がある。

「役を教わることって、経験ある先輩の役者さんの内臓の一部をもらって自分の中に移植するような感覚なんです。今回教えていただいたことが、今後僕が荒事を何かやらせていただくときの土台になると思うので、うれしく思っています」

「吉野山・川連法眼館」の場の狐忠信は21年3月の京都・南座以来となる。華やかな舞踊、親ギツネへの情愛がさまざまに表現される人気の場面だ。

「4年前の『花形歌舞伎』、座頭は(中村)壱太郎さんでしたが、僕は初めて立役の座頭的なポジションをつとめさせていただきました。お客さまを呼ぶ責任、お芝居を充実させる責任をすごく感じました。当時の映像を見ると恥ずかしくなりますね。ここまでやらなくてもいいのにというところまで、動ける限り、声が出る限りやっていて、制御ないフルアクセルです」

■古典名作を新鮮な配役

花形と付く興行は若手が中心となる。若手が大役に挑戦し、古典の名作を新鮮な配役で届ける。

「花形歌舞伎のうまみでもあるし醍醐味(だいごみ)かもしれないです。でも、あの時の姿がまた見たいと言われたら戻らなくちゃいけない。経験を積んでも、戻れる自分でありたい。あの時みたいにはできないよ、という風にはなりたくない。全部、自分の引き出しとしてとっておきたいです」

年齢と経験を重ねても、いろんな自分を見せたい。

「いい大人がばか騒ぎするのがなくちゃ歌舞伎じゃない。分別くさくなったらつまらないです。あいつ、久しぶりにあんなことやってるよ、今度はどんな風に出てくるんだって思わせたい。渋くきたなという時もあれば、跳んだり跳ねたり。僕は自由な、路線がない人になりたいです。振り回したり、かき回したりする人でありたいです」

Aプロの狐忠信は市川團子がつとめた。

「『ダブルキャストでごめんよ』って思いました。彼はじいじ(故市川猿翁さん)の『四の切』(=川連法眼館)に憧れてやってるわけで、その憧れの気持ちはすごくよく分かります。1カ月やらせてあげたいなと思いますけど、一定数、僕の忠信を見たいとお客さまもどうやらいるみたいなので(笑い)、両方の意味でごめんよですね」

「川連-」は、團子が見せる澤瀉屋型、右近による音羽屋型という。型の違いも見どころになる。

「型というより、一回り年齢が違う20代、30代の俳優によるダブルキャストという役者の違いを見てもらった方がおもしろいかなと思います。芸は人なり、その人間、その役者を見ることに尽きると思うんです。総じて歌舞伎っていいなって思ってもらうことが一番大事だと思います」

Aプロの「吉野山」では清元の立唄をつとめた。役者と唄、のどや体の整え方も違う。

「体は、筋肉使って張ってるなと触ってみると分かるので、整体行ったりゆっくりお風呂に入ったりと自分なりに対処の仕方がある。でも、声は見えないので、何が起きてるのかが明確には分からないんです。経験を積まないと、状況判断が難しいです。ただ『これが自分の選んだ道か』とすごく思いました」

役者と唄、両方での出演は初めてではないが、立唄と、ダブルキャストでの狐忠信は大きな挑戦だった。

「断る理由もなかったです。先に役者で、後半に清元だったらちょっと難しかったと思います。清元の声って本当に繊細だから、役者をやった後では、声が出ないんです。この順番で良かったです」

■好物のカレーも控えめ

唄のために好きなカレーも控えめにした。

「激辛とかあまり刺激が強いものは食べない方がいいと言われてるんで、一応控えてました」

役者と唄、両方やることであらためて感じる思いがある。

「人と人との仕事、コミュニケーションの大事さに立ち返ることができます。演奏家と役者、一緒に作品作ってるのに分厚い壁があるのは嫌なので、お互いに感じたことを受け止めて、アクションしリアクションしたい。古典って、熱量がバラバラでも成立しますが、共通認識が持ててた方が楽しいと思います」

父は清元延寿太夫、兄も三味線清元斎寿として活躍している。

「役者だけやっていたら、僕のやりたいことだけやってるようで、自分の活躍を恥じてしまうかもしれない。清元も勉強して形になっていけば、やりたいこともやるべきことも、どっちもできる。大変だな、なんで踏み込んじゃったんだろうって後悔しますけど(笑い)、やらない後悔より、やった後悔の方がいい」

明るくパワフルでいられる原動力を聞いた。

「心から歌舞伎が好きだと思うこと、一生やる価値のあるものだと心の底から思えること、自分が歌舞伎のためにできることなら後悔してでもやるべきだとやっぱり思えることです」

生まれ変わっても歌舞伎役者ですねと聞くと、意外な返答だった。

「いや、それはいいです。未練がましいじゃないですか(笑い)。来世では今世でできなかったことができる、という発想だと、できることの3分の1くらいしかできない。今日か明日にはできるようになるという気持ちで、ようやく一生のうちにできる。今世で未練なくやりきりたいです」

◆尾上右近(おのえ・うこん)1992年(平4)5月28日生まれ。音羽屋。歌舞伎舞踊の伴奏と唄である清元の7代目清元延寿太夫の次男。曽祖父は6代目尾上菊五郎。00年「舞鶴雪月花」で初舞台。7代目尾上菊五郎のもとで役者修業を積み、05年「人情噺文七元結」などで2代目尾上右近を襲名。女形、立役、新作、古典と幅広く活躍。25年5月歌舞伎座で、役者を目指すきっかけになった「春興鏡獅子」の小姓弥生・獅子の精を踊り大きな話題に。18年2月、7代目清元栄寿太夫を襲名、清元としても活動。ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」、映画「ライオン・キング:ムファサ」などにも出演。