歌手湯原昌幸(78)が、5日に徳間ジャパン移籍第1弾となる新曲「どうかしてるね」を発売した。ラテンタッチの曲調で、長年連れ添った女性から三くだり半を突きつけられて戸惑う男の心情を歌っている。作詞は「残酷な天使のテーゼ」の及川眠子氏(65)、作曲は「天城越え」の弦哲也氏(78)という、対極の2人の斬新な組み合わせだ。湯原に聞いた。【小谷野俊哉】
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突然の別れを告げられた男は<歌詞>悪いジョークと笑っておくれ と歌っている。 「好き嫌いを超越した生活で、男はドップリとぬるま湯につかっていたけど、女に急にお湯を抜かれた感じかな。ソロになって38作目の新曲。基本は歌謡曲なんですよ。今回はディレクターが、どうしても及川さんと弦さんのコンビでやりたいと。『エヴァンゲリオン』と『天城越え』っていう、水と油の作家さん同士だから何ができるか分からなかった」
曲ができる前に及川氏と食事をしながら、打ち合わせをした。
「それで『抜本的なイメージは裏切るからね』とひと言。つまり“通常の歌謡曲”は、私は作らないからと。楽しみでしたね。それで、できあがったのが、いい年をしたおやじが突然、三くだり半を奥さんに突きつけられてうろたえる歌」
1983年(昭58)に、歌手、女優として売れっ子だった23歳の荒木由美子(65)と結婚。40年以上前は36歳の湯原に嫉妬交じりのは避難もあった。だが以来42年間、湯原と荒木は芸能界きってのおしどり夫婦として知られている。
「僕と由美子のイメージを裏切るということだったんでしょうね。当時はね、街を歩いてると罵声を浴びたことも。それで、及川さんが書いてくれた詞に、弦さんがビッチリと曲をつけてくれました。ラテン調で、弦を使いたくないとブラスセクションを中心にイメージを作ってくれた。昔のグランドキャバレーみたいに、ミラーボールのでかいのがグルグル回ってキラキラ輝いているような世界観の中で、フルバンドで歌っている感じ」
レコーディングは、暑い盛りの8月に行われた。
「もうノリノリでしたね。弦さんは同世代なんで、僕と同じ感覚を持っていた。歌謡曲ではあるけれど、洋楽チックな匂いが入ったという世代。これを聞いた人は、昭和をイメージした人もいるかもしれないんだけど、昭和のままのアレンジではないからね。戦後から昭和30年代というか、日本の音楽がド演歌か洋楽かという時代に育った世代。ジャズも入ってきた時代だからね」
妻に捨てられる男の歌を、愛妻の荒木に聞いてもらった。
「『ああ、すてきね』って笑ってました。三くだり半を突きつけられて<歌詞>君がきれいに見える どうかしてるね っていうのが最後。もう、好きだとか嫌いはお互いに超越してるだろうと、お互いの暗黙の了解で生活してきた。男はどっぷりぬるま湯だったわけよね。ところが、女は急にお湯を抜いちゃったわけよと。それで男が目が覚めて、改めて見るとお前って意外と奇麗だったんだなっていう」
1964年(昭39)にグループサウンズ、スイング・ウエストのボーカルとしてデビュー。70年にソロになって、71年に「雨のバラード」が120万枚の大ヒット。
「こんなに長く歌えるなんて、当時は思ってませんよ。歌に興味があったし、芝居にも興味があったけど、結局どれだけのものか自分でも分からなかったしね。入ってみなきゃ分からない世界でしょ。僕はソロ歌手になりたいと思っていて、日本テレビのオーディション番組の『ホイホイ・ミュージック・スクール』に出てスカウトされて、当時はGS(グループサウンズ)だったスイング・ウエストにボーカルとして入った」
後に日本テレビ「スター誕生!」、フジテレビ「君こそスターだ!」などが誕生するオーディション番組のはしりだった。
「『ホイホイ・ミュージック・スクール』の出身は三田明、布施明、望月浩、東山明美。僕も含めて、今現役でいるのは、そこらへんかな。素人がテレビに出て、視聴者がはがきで投票。それでプロダクションが手を上げるというシステム。オーディション番組の原型ですよ」
(続く)
◆湯原昌幸(ゆはら・まさゆき)1947年(昭22)3月5日、茨城・牛久市生まれ。64年にバンド、スウィング・ウエストに加入してボーカル。70年に「見知らぬ世界」でソロデビュー。71年の「雨のバラード」が120万枚の大ヒット。83年に歌手荒木由美子と結婚。03年の「冬桜」がヒット。血液型B。