音響マンから始まったこの世界 森進一の付き人経て52歳で歌手デビューした異色の司会者

「今世紀最後の歌謡ショー司会者」の異名をとる西寄ひがしは、夜の東京タワーを背に「どーぞ!」とポーズをとる(撮影・浅見桂子)

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“今世紀最後の歌謡ショー司会者”の異名を取る西寄ひがし(52)が、秀逸な前口上と話術で存在感を示している。音響マンから、大御所・森進一(77)の付き人となり、司会者に転身した異色の経歴を持つ。森、水森かおり(52)、氷川きよし(48)らの専属司会者として腕を磨いた。ラジオのパーソナリティー、俳優、作曲と多才で、ついには歌手デビューも果たす。来年司会業30周年を迎える西寄に、歌謡司会の極意などを聞いた。【笹森文彦】

★朝日が昇る勢い

前口上は、イントロの間に曲を紹介する名文句。イントロナレーションとも言う。歌謡ショーでは基本的に司会者が考える。

西寄が気に入っている自作の前口上は、森進一の名曲「襟裳岬」。23歳で森の専属司会者となった。

西寄は下手(客席から見て左側)に立つ。右足は客席に真っすぐ向け、左足は多少つま先を開いて右足につける。姿勢は自然とやや上手の方に向く。イントロが始まり前口上。

「もうすぐ春を迎える日高山脈につらなる襟裳岬 北国の大自然をバックに 人間愛の奥深さを歌った心歌 昭和49年 日本レコード大賞 日本歌謡大賞受賞曲 熱唱森進一 襟裳岬」

西寄は手のひらを上にした左腕を真っすぐ伸ばし、観客の視線を登場した森に向けさせる。万雷の拍手。森は深々とおじぎをして、♪北の街ではもう 悲しみを…と歌い出す。

イントロは約25秒。そのわずかな時間で観客の耳目を集め、歌手に気持ちよく歌い始めてもらう。これが司会者の、前口上の醍醐味(だいごみ)なのだ。

西寄 司会の師匠は誰ですかと問われると、森さんなんです。「そうやられると歌いづらい」「ギリギリまでしゃべられると、おじぎできないよ」とか、森さんから歌手のこだわりを学べた。僕にとって、師匠が司会者じゃなかったことが良かったんです。

「西寄ひがし」は、森が司会者として芸名をつけることを提案。著名な姓名判断鑑定士に「朝日が昇る勢いで頑張る。西より東がいいんだ」と命名された。

西寄 気に入ってますが、初めは関西方面に行くと「東より西だろう!」って怒られました(笑い)。札幌の公演では「北寄みなみ」という男性が会いに来ました。免許証見せてくれて本物でした(笑い)。

★立つ人の気持ち

幼少から音楽好きだった。母が買ってくれたラジカセで、「カナダからの手紙」「津軽海峡・冬景色」などを聴いた。3、4歳の時である。

テレビの音楽番組はくぎ付けだった。中でも興味を引かれたのは、歌手が持つマイクだった。

西寄 地元のカラオケ大会にも出ましたが、容姿も含め絶対に通用しないと思いました。歌手は無理だけど、歌手に近い仕事をしたいと思ったんです。

高校卒業後、上京して音響会社に就職した。最初はアシスタントだったが、森や川中美幸らの公演、日本レコード大賞の現場などにも行った。ある日、上司に「聴く音楽が偏っている。いろんな音楽を聴かないとダメだ。しばらく洋楽に行かせる」と言われた。

シカゴ、シンディ・ローパー、ジェームス・ブラウンら、ファンならずともうらやむ顔触れだ。

西寄 音響の仕事は好きでしたけど、(洋楽は)興味ないから、辞めたいですって。そしたら、森さんの事務所に「そんなに歌謡曲が好きなら、前任の付き人が辞めるので、来ないか」って誘われたんです。

約3年で退社して、森の付き人になった。翌年、忘年会の幹事を任された。テレビや現場で見ていた司会のまねごとを即興でやった。大受けした。帰りの車の中で、森に「お前、良かったよ。表舞台に立つ人の気持ちを分かっていた方がいい。俺の司会をやらないか」と言われた。

西寄 それで翌年の3月、関東80本ツアーの皮切りの川口リリアホール(埼玉)で、2000人の前に初めて立ったんです。最初、前口上は森さんが考えてくださった。緊張はしましたが、途中からどんどん面白くなりました。

23歳の時だった。以来29年間、数々のステージで下手に立ち続けている。

★地元密着のネタ

森の事務所を離れ、司会者として独立した。そして、氷川きよし、水森かおりらの専属司会者として、キャリアを磨いて来た。

多数の歌手が出演するステージにも立つ。それぞれの歌手の経歴、歌唱曲の内容、イントロの長さなどを知らねばならない。

西寄 新曲には口上をあまり入れません。イントロからしっかり聴いていただきたいので。過去の名曲は、受賞の有無、作詞作曲者名など基本データは頭にたたき込みます。20代の時から、受験用の暗記カードで覚えています。

地方営業では、土地土地の知識が必要になる。歌手の衣装替えなどで、1人で場をつなぐ時は、旬な街ネタが効果的なのだ。

西寄 会場に向かう車窓から、「小学校で運動会やってる」「郵便局の門を曲がった商店でアイスクリーム3割引き」などメモしておきます。地元に密着したネタはウケるんです。

話術を磨くため、19年1月から丸1年かけて「西寄ひがし ラジオふれあい全国行脚~出演依頼は一度もないがお願いしたら出させてくれた~」を行った。全国47のAM局を含め、58局85番組に出演した。

西寄 話術の最高峰はラジオだと思っています。地元で何十年も生ワイド番組をやっているアナウンサーの方に会いたかった。だって、毎日、常にフレッシュな話をするんですよ。地方営業で、いつも同じ鉄板ネタじゃダメなんです。

歌謡司会者には、西村小楽天氏、及川洋氏、玉置宏氏ら名人がいた。徳光和夫(84)も活躍している。西寄は後継者として、来年司会業30周年を迎える。

西寄 今は歌手が自分でMCもやる時代ですが、「ナレーションを入れると、グッと来る」と知ってほしい。いつか「西寄ひがしみたいなことをやりたい」という子が1人でも出てくれたらうれしいですね。

◆西寄(にしより)ひがし 本名・西裕治。1973年(昭48)11月7日、大分県中津市生まれ。パーソナリティーとして「西寄ひがしの演歌特選市場」(さっぽろ村ラジオ、FMはつかいち、MIDFM761)などを担当。俳優として舞台「オルガンズ~おんな赤ひげ奮闘記~」(25年)などに出演。趣味はマイク収集で、現在140本を所有。エイ・アンド・エイ所属。血液型A。

■場を明るく

水森かおり 西寄さんとは20年以上のお付き合いになります。同い年で、お互いの考えていること言いたいことは、あうんの呼吸で分かります。

クラスに1人はいるお調子者、でも人気の高い男の子みたいな感じです(笑い)。西寄さんが発する言葉、場を明るくする空気は天才的です! あとアドリブの瞬発力! これは本当に感動します。

最近は多岐にわたって大活躍され、とてもうれしく思う半面、遠くに行ってしまうような寂しさも感じます。絶品名調子のイントロナレーションで、これからも私をしびれさせてほしいと願っています。

■「歌いたきゃ、歌えば」

西寄が歌手として表舞台に立つことになった。

系列事務所の歌謡デュオはやぶさ(ヒカル=38、ヤマト=32)と3人で、防犯を呼びかけるラップ「戸締りトリオ」で歌手デビューする。26日に発売されるはやぶさの新曲「ときめきはチャチャチャ~スナックはやぶさへようこそ~」のカップリング曲(タイプB)として収録される。

「50歳も超えて、周りが『歌いたきゃ、歌えば』という空気になりまして(笑い)。新鮮でした」

西寄は多才だ。16年から日常をネタにしたトークライブを定期的に開催している。尊敬する笑福亭鶴瓶(73)に「ピンで何かやった方がええで」とアドバイスされ、続けている。

作曲家としてもデビューした。水森の最新アルバム「歌謡紀行24~大阪恋しずく~」で、大阪・関西万博をテーマにした収録曲「夢洲ブルース」を作曲した。

西寄は「経験してきたものが、新たなところで実践できるのはうれしい」と素直に喜んでいる。