キャスター辛坊治郎氏(69)が、13日放送のニッポン放送「辛坊治郎ズーム そこまで言うか!」(月~木曜午後3時半)に生出演。テレビ朝日系「ニュースステーションキャスターなどを務めた久米宏(くめ・ひろし)さんが今月1日、肺がんのため81歳で亡くなったことについて語った。
番組で訃報を伝えると辛坊氏は「そりゃあ、私も年を取るわけだ、と思いましたね。久米さんが亡くなられて、お年は?81歳。久米さん81になっていたんだ、って」と漏らした。「この番組を土曜日の午後に私が何も分からず始めた時に、1回目のオンエアが終わった後、局の人に『すいません、この番組って、裏は?』(と聞いたら)『裏はですね、TBSが久米さんで、文化放送がみのもんたさん』って。えーっ、なんちゅう枠をさせるんだ、俺に、と思って。全然知らずに来て。で、私の前任者が小倉(智昭)さんという。そんなムチャクチャな仕事よく受けたな、って。知らなかったから受けたんですけども」と“ライバル”の時期も振り返りながら、「気が付いてみたら、小倉さん亡くなられ、久米さん亡くなられ、みのもんたさん亡くなられ、次は俺だ…ひしひしそれを今日感じましたね」としみじみ語った。
辛坊氏は続けて「それはともかくとして、やっぱり久米宏という人は特別でした」と明言。「何が特別かというと、日本のニュースのスタイルを変えましたね。日本のニュースって基本的に、書いてある原稿をアナウンサーが淡々と読み上げる、というのが基本スタイルだったんですよ。で、まずね、久米さんより前にNHKに磯村尚徳という人が出て、この人がたぶん日本におけるキャスターニュースのはしり、みたいだと思います。ただNHKなんで、いっても限界はあったんですね。磯村尚徳さんがニュースのスタイルというのを変えたけれど、本当に変わったのは久米さんになってから。いいか悪いか、その議論は横に置いといてね。日本でアナウンサーが淡々と読み上げていたニュースを根底からひっくり返したのは、久米宏だった、という私は評価をしておりまして」と語った。
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さらに「それを受け継いだ形で、その次に筑紫哲也さんですね、TBSの。そのあたりから次々、いろいろな人が出てきましたから」と説明。自身への影響について「私が夕方のニュースを始めたのが1990年なんですが、久米さんが『ニュースステーション』を始めたのが85年ぐらいかな。私なんか、久米宏さんが作ったスタイルの影響を自分でも受けていたんだろうな、という気がします。久米宏がなくて私がいきなり、だったら結構批判もあったはずなんだけど、先に久米さんがいろんな批判を背負ってくれていたんで、そのおかげで、別に私は、批判はあったのかもしれないけど、私のところには聞こえてこなかった」と話すと「日本のニュースのスタイルを間違いなく変えた人、であることは確かですから。本当にご苦労様でした、と申し上げたいです」と追悼した。
久米さんは元TBSアナウンサーで、同局の人気音楽番組「ザ・ベストテン」司会などを務めた後、フリーとなり「Nステ」キャスターを務めた。訃報は13日、所属事務所「株式会社 オフィス・トゥー・ワン」が公式サイトで、発表した。