河瀨直美監督、寛一郎に送る言葉「まだ、破れる殻はある。佐藤家の亡霊から、いつ自分になるか」

4年ぶりの新作映画「たしかにあった幻」について語る、河■(■は瀬のオオガイが刀の下に貝)直美監督(撮影・村上幸将)

河瀨直美監督(56)は、22年の東京五輪公式記録映画「東京2020 SIDE:A、B」以来4年ぶりの新作映画「たしかにあった幻」のメインキャストに、寛一郎(29)を起用した。

寛一郎とは、自身が俳優として出演し、25年の第38回東京国際映画祭で主演の福地桃子(28)とともに日本人として11年ぶりに最優秀女優賞を受賞した「恒星の向こう側」(中川龍太郎監督)で、義理の親子を演じた関係性だ。その寛一郎への思いと、自身が監督として、俳優として今後、どのように歩んでいくかを聞いた。【村上幸将】

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インタビューの中で、河瀨監督に「俳優として、義理の息子を演じた寛一郎さんを、監督作に起用した理由は?」と話を向けると、満面の笑みを浮かべた。24年夏に撮影を行った「たしかにあった幻」で監督と俳優として、同年10、11月に撮影が行われた「恒星の向こう側」では俳優同士として向き合った寛一郎に、どういう印象を持ったのだろうか?

「(監督として向き合った後に、義理の息子役として向き合ったのは)微妙と言えば、微妙なんですけど、寛一郎は寛一郎なので。私の映画の中でも、ちょっと、ふがいない感じで。『あんたは、ほんま、変わらへんな』と言うたんですけど。そういう感じで(現場に)来ていたからね」

寛一郎は「たしかにあった幻」で、ルクセンブルクの俳優ビッキー・クリープス(42)が演じた、フランスから小児臓器移植実施施設となっている神戸の臓器移植センターにやってきた女性医師コリーと、屋久島で出会う恋人の迅を演じた。迅は、コリーの家に転がり込み、同居するも仕事はせず、自身のまつわる詳細も語らず、コリーとぶつかり合った末に同居していた家から、何の前触れもなく消えてしまう。

「恒星の向こう側」では、河瀨氏が演じた母可那子との余命を知り故郷に戻った、福地が演じた娘・未知の夫登志蔵を演じた。寄り添おうとしながらも拒絶する可那子と衝突を重ねる未知…その未知との間には子供ができるが、優しくも、ちょっと頼りない夫であり、義理の息子という役どころだ。

河瀨監督に、手を携えて2作、連続で映画を作り上げた、寛一郎の俳優としての現在地点を尋ねた。

「私は、彼のキャラクターを、いつも全部、出していると思うし、本気でぶつかってはきてくれているけれど…まだ、破れる殻はあると思っています。やっぱり…どうしてもお父さん、おじいちゃんの亡霊みたいなのがついていると思うから。そこで自分として、どれだけ立てるか、ということかな」

寛一郎の父は佐藤浩市(65)、祖父は故三國連太郎さんであることは周知の事実だ。寛一郎自身、17年の俳優デビュー以来、初めて父とそろってイベントに登場した、23年4月5日に東京・テアトル新宿で行われた映画「せかいのおきく」(阪本順治監督)完成披露試写会の終盤に、自ら家族について言及。「横に父がいるのに、なんですけど…この、いまいましい、ふざけた佐藤家のDNAをですね、100年後も残していって欲しいなということで、僕も頑張りたいと思う」と、祖父の三国連太郎さんから続く、俳優一家の系譜を継承していく覚悟を示している。

河瀨監督は、2月6日に同所で行われた「たしかにあった幻」初日舞台あいさつの壇上で、寛一郎に三國さんが今作の芝居を見たら「どう思うかな?」と尋ねた。その際、寛一郎は「そのむちゃ振り、難しいですね」と照れた。さらに同監督が「浩市が見たら、どうかな?」と投げかけると、寛一郎は「オヤジが見たら『大変だったな?』みたいな」と笑った。

その言葉を受け、河瀨監督は「知る人ぞ知るサラブレッド的な寛一郎君。もちろん、佐藤さんとしぐさ、言葉を出される時の雰囲気みたいなのが似ていると思いましたけど、全く違うものも持っていて、この人にかけてみようと思った」と、父とは違う魅力があったからこそ、寛一郎を起用したと断言。劇中では、英語とフランス語を交えた会話のシーンも出てくるが「日本人の俳優の中でも、英語を即興的にネーティブに近い形で出せる器用さ、フランス語も含めて、音楽的な言語のセンスみたいなのを出せる人」と、寛一郎の持っている才能が、作品に必要だったことを強調した。

寛一郎は、初日舞台あいさつで、24年に行われた画「たしかにあった幻」の撮影を振り返り「この仕事をし始めて、多分、今年で10年くらい。培ってきたものを捨てなきゃいけない時があった。裸のままでなければいけない…初心に返るのとは違うけれど、デビュー作のように挑ませて頂いた」と、特別な作品になったことを口にした。そんな寛一郎を期待するからこそ、河瀨監督は、あえて要求する。

「皆さんに、そういう風に(偉大な佐藤家の息子と)見られると思うんで…。相当のことは、できていると思いますよ。ある1つのラインという意味では、超えていると思うけど、もっと超えられるはず…なんだけど、なかなかそこを壊してくれないな、という人ですね。あまりにも大きい“亡霊”がついているから…そこから、いつ自分になるか? という感じかな」

俳優・寛一郎についてひとしきり、聞いた後で“俳優・河瀨直美”の今後の可能性を聞いた。

「女優業は? やります。オファーがあれば。私に直接、オファーください」

監督としては、20年「朝が来る」以来、6年ぶりの劇映画だった。原作がなく、一から脚本を開発したオリジナル作品として見れば、出演した永瀬正敏(59)が仏俳優ジュリエット・ビノシュ(61)とダブル主演した18年「Vision」以来8年ぶり。その間、東京五輪公式記録映画「東京2020 SIDE:A、B」と、テーマ事業プロデューサーを務めた25年の大阪・関西万博と、公の仕事、役職を務めてきた。「これからも映画、撮りますよね?」と投げかけると「撮ります!」と力強く誓った。

その言葉を裏付けるのが、本物の心臓が動いているかと見まごうばかりの心臓手術のシーンだ。24年の映画で12年の歴史にピリオドを打った、テレビ朝日系の人気医療シリーズ「ドクターX~外科医・大門未知子~」をしのぐと言っても、過言ではないだろう。河瀨監督も納得のシーンに胸を張る。

「うちの美術が素晴らしい。(移植した心臓が)動いてくれる瞬間も撮りたかったし、血を体内に入れる機械を触るのは、本物の専門家や機器の会社の人に来て、やってもらいました。でも、実際の血は使っていないですよ」

その上で「次も、ちゃんと構想していますから。河瀨の映画を撮ります!」と満面の笑みを浮かべた。

◆寛一郎(かんいちろう)1996年(平8)8月16日、東京都生まれ。17年の映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(廣木隆一監督)で、俳優デビューし、佐藤の息子であることも併せて発表された。同作で、日本映画批評家大賞新人男優賞受賞。18年の映画「菊とギロチン」で、キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞、高崎映画祭最優秀新進俳優賞、日本映画批評家大賞助演男優賞を相次いで受賞。近年は、映画は23年「首」(北野武監督)、24年「ナミビアの砂漠」(山中瑶子監督)、「グランメゾン・パリ」(塚原あゆ子監督)、25年「爆弾」(永井聡監督)、「映画ラストマン-FIRST LOVE-」(平野俊一監督)に出演。ドラマも、19年のTBS系「グランメゾン東京」、22年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」、25年はスカイバウンド(米国)とフジテレビの共同制作ドラマ「HEART ATTACK」に主演し、NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」、連続テレビ小説「ばけばけ」、NHK放送100年特集ドラマ「火星の女王」に連続で出演するなど話題作、注目作への出演が相次ぐ。

◆河瀨直美(かわせ・なおみ)1969年(昭44)5月30日、奈良県奈良市生まれ。中学時代にバスケットボールを始め、同市立一条高時代に国体に出場。大阪写真専門学校(現ビジュアルアーツ専門学校)に入学。95年に映画「につつまれて」が山形国際ドキュメンタリー映画祭国際批評家連盟賞を受賞。20年「朝が来る」が米アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表。18年秋に東京五輪公式映画監督に就任し、22年6月に「東京2020 SIDE:A/SIDE:B」公開。21年にバスケットボール女子Wリーグの会長に就任。25年の大阪・関西万博のプロデューサー兼シニアアドバイザー。