<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
第98回米アカデミー賞授賞式が3月15日(日本時間16日)米ロサンゼルスのドルビー・シアターで行われ「国宝」(李相日監督)は、日本映画初のメーキャップ・ヘアスタイリング賞の受賞を逃した。
同賞は米国籍のカズ・ヒロ(辻一弘)氏が18、20年と2度、受賞しており、ヘアメークの豊川京子氏、歌舞伎メークの日比野直美氏、床山の西松忠氏には、日本国籍を持つ日本人の初受賞に期待がかかっていた。オスカーは「フランケンシュタイン」(ギレルモ・デル・トロ監督)が獲得し「スマッシング・マシーン」(ベニー・サフディ監督、5月15日公開)で6度目のノミネートとなったカズ・ヒロ氏も受賞を逃した。
授賞式の2カ月前の1月14日、米国での3度目の上映キャンペーンから帰国した直後の李相日監督(52)を、都内で取材した。「国宝」が、日刊スポーツをはじめ在京スポーツ7紙で構成する東京映画記者会が主催する、第68回ブルーリボン賞で作品賞を受賞したことを受けて、開かれた7紙の記者による合同取材だった。
「国宝」の米国キャンペーンは、25年11月に李監督が主演の吉沢亮(32)とニューヨークで行った上映会が最初だった。同12月には米俳優トム・クルーズ(63)が、主演した03年の米映画「ラスト サムライ」(エドワード・ズウィック監督)で共演し、「国宝」にも出演した渡辺謙(66)からの手紙を受けて作品を鑑賞し、感銘を受けてロサンゼルスで上映会を開催。1月には3度目のキャンペーンが行われ、渡辺が李監督に同行してトークなどを行った。
李監督は、全米キャンペーンの反応について「最初の頃は(米国の人々が)日本でヒットしたと聞いているけれど(作品の認知が)そこまで広がり切っていないところから始めたので、どういうものなのか? という感じだった」と、当初は知名度が低かったことを認めた。その上で「トム・クルーズさんの上映会があったり、日本で(興行収入の)記録を作ったり(国際長編映画賞を含む2部門で)米アカデミー賞のショートリスト(ノミネーション候補)に入ったりで、だんだん(観客が)見る前から熱が高い、関心を持って来てもらっていることを痛感する」と振り返った。
実は、李監督の合同取材の数時間前に「TOKYOタクシー」で監督賞を受賞した、山田洋次監督(94)の合同取材も行われた。同監督は「国宝」を絶賛し続けており「どんなに褒めても褒めきれないんじゃないですか? 李監督が相当、頑張っていたのを、僕は知っていますからね」と賛辞を繰り返した。その一方で「日本の映画界はピンチですよね。1つは、韓国に見習う必要がある。(韓国は)国が映画を、国策として真剣に考えている。舞台、ショービジネスに国が投資する。法制度がきちんとしており、国家予算を使っている。そういうことを真剣に映画界が考え、政府にきちんと要求しないと、ダメなんじゃないかな?」と口にした。
さらに、19年に「パラサイト 半地下の家族」(ポン・ジュノ監督)が、外国語作品として初の作品賞のほか、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞に輝いたことを引き合いに「『国宝』が、米アカデミー賞の作品賞のノミネートに入る可能性は、皆無じゃなかったのではなかったのではないか? と思いますね」とも指摘。「『パラサイト』は作品賞、取っているんですからね。なぜ、韓国ができて、日本ができない? やっぱり、国における映画産業の位置付けの違いではないか?」と疑問を投げかけていた。
米アカデミー賞に応募するには、資格要件がある。中でも、以下の2つの要件は欠かせない。
<1>前年の1月1日から12月31日までの1年間に、ロサンゼルス郡、ニューヨーク市、ベイエリア(サンフランシスコ近辺)、シカゴ、ダラス・フォートワース、アトランタの商業映画館で1週間以上の商業(有料)上映。上映は1日3回以上。
<2>作品賞は、公開初日から45日以内に全米上位50市場のうち10カ所で7日間の劇場公開。
「国宝」の日本での公開初日は25年6月6日で、25年11月に行われた1回目のキャンペーンでは、ニューヨークで1週間、上映が行われた。一方、全米公開は、2月6日にニューヨーク、ロサンゼルス、トロントで先行公開された後の同20日からで、<2>の要件は満たしていない。
山田監督の問題提起は、米アカデミー賞の要件を「国宝」が満たすことができる体制が、日本と日本の映画界に整っていたら…という思いから出たものと見られ、その発言を李監督に伝えた。「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノ監督とも親交があり、映画産業における日本と韓国の取り組みの違いを、痛感しているであろう李監督が「国宝」の米国でのキャンペーン中に感じたことを踏まえ、山田監督の問題提起にどう答えるかが、日本の映画界にとって、意義があるだろうと考えたからだ。
李監督は「ありがたいですね」と、山田監督の評価と問題提起に感謝した。そして「今回、キャンペーンを始めて、いろいろ体験してみて、僕もはっきりは韓国の状態が分からないですけど…もうちょっと」と口にした上で、米アカデミー賞国際長編映画賞の韓国代表になった、パク・チャヌク監督の最新作「しあわせな選択」を具体例として、韓国の動きを語った。
「具体で言うと、韓国映画は『パラサイト』も、パク・チャヌク監督の新作も、韓国の代表になってから、もう動きが早いんですよね。ちゃんと米アカデミー賞を見据えて、プランニングだったり行動が、早い段階から展開される。(前哨戦の1つのカナダ)トロント映画祭では、上映回数をとにかく多くした。観客賞は、上映会が多くないと、取れないですからね。それが国策なのか、CJエンターテインメントという会社の熱意なのか、明確なことは分からないんですけども」
「パラサイト 半地下の家族」と「しあわせな選択」を製作したのが、韓国最大手のエンターテインメント企業CJ ENMのスタジオであることを踏まえた上で、日本国内の状況についても語った。
「ひるがえって日本は、やっぱり、そこのスタートが、まだ遅いだろうし、いろいろな局面で足並みがそろっているのか? 今回(製作の)アニプレックスさんと(配給の)東宝さんが非常に力を入れていただいているんで、何とか行けているんですけど。国なのか、文科省なのか分からないですけど、もっと前から、そういうやり方だったり、レールができているものであれば、初動はより早かったでしょうし」
李監督の指摘通り、体制やレールを作ったことで、海外で成功した邦画の例が、しかも近年にある。「国宝」を配給した東宝の代表作「ゴジラ」の生誕70周年記念映画、30作目の作品となった23年の「ゴジラ-1.0」(山崎貴監督)だ。「ゴジラ-1.0」は、同年11月3日に日本で初日を迎え、1カ月後の同12月1日には北米で邦画としては空前の1500スクリーンで公開された。東宝が同年7月に海外ビジネスを担務するTOHO Globalを設立し、創業91年で初めて自社で北米で配給した、その第1作が「ゴジラ-1.0」だった。同作は、翌24年の第96回米アカデミー賞でアジア初の視覚効果賞を受賞の快挙を成し遂げた。
李監督は「イメージとしては、それを国と言って良いか分からないですけど、全体でのバックアップ体制があると、より初動は早く行けますし、今後『パラサイト』みたいなことは。起こり得る可能性はあると思います」と指摘した。その言葉を聞いて、政府が23年に5兆8000億円を記録したエンタメ・コンテンツ産業の海外売り上げを、33年までに20兆円にする目標を設定したのならば、こうした作り手の言葉に、もっと耳を傾けた上で、具体的なバックアップ体制、施策を、もっとスピーディーに進めるべきだろうと思った。
そんなことを考えつつ…取材した場所が東宝の会議室だったこともあるだろうが、ふと「ゴジラ-1.0」を取材した当時のことが脳裏をよぎった。製作・配給の東宝のみならず、日本が世界に誇るIP(知的財産)である「ゴジラ」だからこそ、「ゴジラ-1.0」が世界の壁を超えるに至るまで、さまざまな取り組みができたのだろう、とも思った。11月3日に日本で公開の最新作「ゴジラ-0.0」は、日本製作のゴジラシリーズの歴史上、初の日米同時期公開となる、同6日からの北米公開も決定しており「ゴジラ-1.0」公開時より体制、レールは進化している。
言うは易く行うは難し、だろうが「ゴジラ」というIP、キャラクターの力を借りるのではなく、かつて世界を席巻し、今も名作が世界から評価される黄金時代を築いた、日本映画のブランドで、世界に挑んでいく体制作りを真剣に考える時期だろう。「国宝」が邦画実写史上初の興行収入200億円を突破するなど、日本映画史に残る快挙を成し遂げた一方、米アカデミー賞で結果が出なかった今だからこそ、考えるべきこと、着手すべきこと、やり始めなければいけないことはある。【村上幸将】