【全文】26歳で急死「共犯者」洋平さん 兄が松竹芸能通じコメント発表「大切な、私の弟です」

松竹芸能株式会社の公式Xから

松竹芸能株式会社が20日、公式サイトを更新。10日に亡くなった、お笑いコンビ、共犯者の洋平さん(本名・鈴木洋平)の遺族のコメントを発表した。

公式HPでは「4月10日に逝去しました共犯者 洋平のご家族より生前応援頂いたファンの皆さま、関係者の皆さまに向けてメッセージをお預かりしましたのでここに紹介いたします」とつづり、遺族のコメントを発表した。

以下、発表全文

「共犯者 洋平を応援してくださった皆様へ 親族を代表し、兄である私から感謝の意を込めてご挨拶させていただきます。故 共犯者 洋平 遺族代表挨拶 本日、葬儀を無事に執り行いました。

生前の弟の人柄がよく表れた、温かい時間でした。

お忙しい中、また遠方よりご参列いただいた皆様に、この場を借りて深く御礼申し上げます。

4月10日の夜。あの日のことを一生忘れることはありません。

連絡を受け急いで向かった先で、弟はソファーに横たわっていました。

何度も何度も呼びかけましたが、眠っているような顔のまま、二度と目を覚ますことはありませんでした。

奇しくも亡くなった二日後は、私の誕生日でした。

『節目の年齢なんだから飯連れてけ』と半ば強要し、一緒に食事に行く予定があったのですが、それが叶うことはもうありません。

誕生日プレゼントも毎年贈り合っていたのですが、これまで私が贈った物は、全て、私の手元に戻ってきました。『義理』なんて、本当に口だけの男です。

トレードマークの金髪とリーゼントは私の提案でした。

深夜1時。嫌がる弟の髪の毛を無理やり染めて、『痛い!痛い!ヒリヒリする!』と騒ぐ姿を見てゲラゲラ笑ったのを昨日のことのように思い出します。

『すぐ黒髪に戻してやる』と言っていたくせに、後日『兄貴。けっこういい感じだわ。また染めてくんね?』と再びやってきました。本当に困ったやつでした。

小さい頃から私の後をくっついて歩き、親の言うことは聞かなくても、私の言うことだけは素直に聞きました。そう、かわいいやつなんです。

上京してからも、母を気遣い毎日のように電話をしていたそうです。

母もどんなに小さなライブでも必ず東京まで観に行き、ネット上の記事や動画も全て保存。まぎれもなく一番のファンでした。

父とは仲がいいのか悪いのか、幾度となく取っ組み合いの喧嘩を繰り広げていました。『俺が東京に出てから喧嘩相手がいなくて寂しいだろ?』と、いつものニヤっとした顔でよく父と会話をしていました。あの日から父は、とても寂しい思いをしています。

そんな弟は、もう、私の生きる世界にはいません。

あの日から私は一人っ子になってしまいました。その現実を、未だに1ミリも受け入れられずにいます。

芸人として活動した5年間。弟のことを愛して慕って応援してくださった皆様には、本当に感謝しかありません。

決して順風満帆ではなく、辞めようかと相談してきたこともありました。それでも続けてこれたのは、ひとえに皆様の支えがあったからです。

道半ばでこの世を去ってしまいましたが、いつかまた会えた時には、力一杯抱きしめて、力一杯褒めてやると私は決めています。

生きていたら口が裂けても言いませんし、言ったこともありませんが、洋平は世界にたった一人の、大切な、私の弟です。

ですから、どうか皆様も、弟のことを忘れないでやってください。時々でいいので、共犯者のネタを見て笑ってください。あんなやつがいたな、と思い出してください。

忘れたくても忘れられない、強烈なキャラとデカい顔なので、心配はしていませんが、お節介な兄の最後のお願いです。

長くなりましたが、以上を持ちましてご挨拶とさせていただきます。本人に代わり御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

追伸 最後に一つだけ。

公式プロフィールの体重は85kgとなっていますが、本当は100kg近くあります。やつは最後までサバを読んで、見栄を張ったまま去りました。

加えて、病的なほどの重度のマザコンです。

ついでに言うと、漫才の時のキャラも口調も、普段のあいつそのまんまです。

舞台上で「演じる」なんてことは、一生かかってもできなかったようです」