<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
10日付の日刊スポーツ本紙「日曜日のヒロイン」でタレントの松本明子(60)を取材した。4月2日に都内の自宅前で左足を複雑骨折、そして入院中の8日に激痛で苦しむ中、還暦60歳の誕生日を迎え、19日に退院した。
痛みや、これからまだまだ続く松葉づえ生活やリハビリは大変だが、まずはよかった。ということで「祝!骨折還暦退院インタビュー」となった。
思えば、記者の平成初めからの紆余(うよ)曲折あっての芸能記者生活は、今回の松本明子さんインタビューのための予備取材のようなものだった。まだ、ブレーク前の秀ちゃん、中山秀行さん(58)には「あんまり酒を飲みすぎるな、暴れちゃいけない」と諭されたことがある。若き日から秀ちゃんは“座長”だったのだ。若き日の秀ちゃんは、アイドルとして売れなかった先輩の松本さんを同じ事務所の“バラエティー班”に誘って、今日の成功に導いている。
今では阪神、大河ドラマの人でもあるまっちゃん、松村邦洋(58)がピロピロ、バウバウでブレークする時に連載を担当した。そして、そのまま日本テレビ「進め!電波少年」へと続いた。“アポなし”という言葉を定着させた「電波少年」で、まっちゃんの相方を務めたのは松本さんだった。麹町の狭い収録スタジオに通い詰めて、放送されない裏側を見ていた。
そして、今も続くニッポン放送「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」で松本さんと月曜日のコンビを組む、高田文夫センセイ(77)は、平成の初めは月~金曜のコンビ。高田センセイの連載の取材に東京・有楽町のニッポン放送に行く度に顔を合わせたのが松本さんだ。
そして今、大人気オリジナルビデオ「日本統一」シリーズのプロデューサーで主演の俳優本宮泰風(54)を取材することが多いのだが、奥さんは言わずと知れた松本さん。98年に結婚した頃は「松本明子が、俳優原田龍二の弟の6歳下の若手俳優本宮泰風と結婚した」と報じられたが、今や押しも押されもせぬドル箱スターだ。
こうした“松本明子をめぐる男たち”の取材も、松本明子インタビューへと続いているんだと思い出せば、懐かしくも楽しすぎる(笑い)。
ちなみに記者は、松本さんが1994年(平6)のNHK「紅白歌合戦」に「電波少年」の企画で突撃したのを目の前で目撃した。エンディングの「蛍の光」合唱中に“紅白のステージ”を踏んで「紅白もらった」という垂れ幕を出したのに入り口からずっと着いていった。顔見知りのスタッフに「あとは任せてください」と軽口をたたいて、NHKホールに潜入していく松本さんの後をつけていった。便乗して“紅白のステージ”をちょっと踏んでいる。扇子がトレードマークのNHK紅白の広報担当“忠さん”こと飯田忠さんが「しょうがねぇな。でも、松子アッコ面白かったな」と笑っていたのが懐かしい。 松葉づえは3カ月で取れるというので、日本テレビ「24時間テレビ」のマラソンランナーを勧めたのだが、丁重に断られてしまった(笑い)。8月22日には東京・シアター1010で、不作のアイドル同期“お神セブン”の「83年組アイドル アラ!?還ライブ」を開催する。「デビュー時の衣装で、デビュー曲を歌いたい。還暦アイドルで売れたい」と笑うが、目は本気。まだまだ、アイドルの夢は健在だ(笑い)。
【小谷野俊哉】