ロックバンドT-BOLANのボーカリスト森友嵐士(60)がこのほど、日刊スポーツなどの取材に応じ、事実上の“解散”となる8月10日開催の“最初で最後”の日本武道館公演やメンバーへの思いなどを熱く語った。【聞き手=川田和博】
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昨年9月から始まった「LAST LIVE TOUR 2025-2026終章SING THE BEST HIT JOURNEY 47」も終盤戦に突入。8月10日、ツアーファイナルとなる日本武道館公演というゴールが見えてきた。
森友 去年の最初からそんなふうに感じていたわけではないんですけど、僕の記憶だと去年の年末あたり、それぐらいのどこかの公演が終わった後、「本当にこれが終わったらファイナルなんだな」って。考えたというよりも浮かんできた。そこから自分の意識も変わっていって。それを「こんな風に今、感じているんだよな」と伝えていった。それもあってみんなも、一夜一夜への思いが変わってきているんじゃないですかね。そんな風に今、すごく感じています。
そもそも、ラストライブツアーのきっかけは「全国のファンに会いに行きたい”という思いからだった。
森友 90年代にレコードを通して、本当にたくさんの方々にT-BOLANの音楽を愛してもらった。でも、実際のライブで会えた人の数って、すごく少なかったんです。
T-BOLANはアマチュアの頃からライブバンドで、年間150本以上のライブをずっとやってきていた。ライブという場所は、僕らの一番リアルな音楽の表現場所なんです。だから、人生で1回でもレコードを通してT-BOLANとつながってくれたみんなと会えるチャンスを、残された人生の中で作りたい。その思いがすごく大きかった。
これまでもツアーで「必ずみんなの街に会いに行くから、その街に行った時は会いにきてほしい」と約束してきた。でも、コロナがあったりで、なかなか実現できなかった。47都道府県、全てのみんなの元に行くという約束。これは絶対果たしたいって。
それで、こんなにも多くの人たちが会場に来てくれて、90年代に僕たちの音楽を愛してくれた人がいて、その熱量っていうものがまだこうやって残ってるんだって、感じています。
ラストライブの地として“最初で最後”の日本武道館を選んだ。五味孝氏(60)が長年言い続けてきた思いが、森友に刺さったという。
森友 ファイナルをどこにしようかと思った時、浮かんできたものがひとつあった。取材とか、メンバーと話してる会話の中で、メンバーで1人、いつも「武道館、武道館」っていってるやつがいたんです。その頃は「そうなんだ」ぐらいしか思っていなかったけど、僕の中で「ファイナルはどこなのか」を浮かべた時、自分で「絶対ここ」というものはなかったんです。そこで聞こえてきたんですよね。そういえば、「武道館、武道館」っていってたなって。
だから、彼の気持ちが、いつしか僕らの中にも乗り移っていたというのもあります。ラストライブツアーで、あいつが「武道館でやりたい」っていってるなら、今回がラストチャンスなわけでしょ。「だったら武道館しかないじゃん」って。
日本武道館は“ロックの聖地”とも呼ばれている。T-BOLANが日本武道館を経験していないのは、意外でもある。
森友 90年代は、実はスピーカーの問題も大きいんです。あの当時はまだスピーカーがなくて。僕がライブでPAと一番話しているのは音圧なんです。
自分がコンサートに初めて行った時、めちゃくちゃ感動したのが音圧だったんです。家でスピーカーのボリュームをどんなに上げても、音はでかくなるけど、風圧がくるようなことはないですよね。でも、ドラムのキックの音がドンって、腹の底に響くみたいな。あれに、本当に感動したんです。高校生の時だったけど、「コンサートってこんななんだ」って。だから、僕が味わった感動と同じものを届けたくて。
でも、これは対面のスピーカーじゃないと無理なんです。だから、当時はホールでしか実現できなかった。当時も通常の2倍のスピーカーを積んで、爆音ですよ。それがT-BOLANのライブの音だった。それを大事にしていたので、当時は武道館やアリーナ系にはいかなかったんです。(つづく)