ロックバンドT-BOLANのボーカリスト森友嵐士(60)がこのほど、日刊スポーツなどの取材に応じ、事実上の“解散”となる8月10日開催の“最初で最後”の日本武道館公演やメンバーへの思いなどを熱く語った。【聞き手=川田和博】
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06年、亀田興毅の初世界戦で君が代斉唱。その舞台裏についても語った。
森友 何となく亀田3兄弟っていうボクサーがいて、T-BOLANがすごく好きみたいな話は聞こえていました。音楽活動が止まっていた時期で、ある人を通じて「ぜひ1度と」と言われて行ったのが始まりです。そこからは、まあ分かりますよね。強引な方たちですから。
まだ歌えない状況で、最初断ったんです。それでも下がらない。「ボクシングを始めた時から世界戦の国歌はT-BOLANって決めていた」って。勝手なんですけどね。
でも、自分と半分の年の興毅が、世界に立ち向かうわけですよ。もう1人の僕が「お前、歌ってやれよ」って。心の声が聞こえてくるわけですよ。
まだ1カ月ちょっとあって、「ここからの時間を全て世界戦の国歌のために使う。でも、どこまで歌えるか分からない。それでもいいのか」って。「それでもいい。もう嵐士さん以外にいない」となって、「じゃあ、分かった」といったら、もうみんなやり切ると思っているからね。こっちはそれからが大変なのに。
でも、何を言われてもいいと思った。「興毅がそれでいいんだったら、いいじゃん」って。僕はシャッターを降ろしていたけど、そのさびついたシャッターを3兄弟がこじ開けた。僕にとってもいいきっかけだった。
15年にくも膜下出血からの復帰。そして、25年にはステージ4の肺がんが発覚。それでもステージに立ち続ける“奇跡の男”上野博文(60)とのエピソードも明かした。
森友 くも膜下出血から復帰した最初の頃、「脳フェス」というイベントがあって、「上野の出番じゃん」と思って声をかけたんです。最初は、1人で不安かなとも思ったので、2人で講演みたいなことをやったんです。
それがある時、「嵐士がいるから、俺はしゃべれないじゃん」と言い出したんです。「どういうこと? えっ、お前、じゃあ俺がいなかったらしゃべれるの?」と聞いたら、「もちろん!」っていうから、「上等じゃねえか。じゃあ、1人で行けよ!」って。それでほんとに1人で行かせたら,しゃべれたんです。
でも、きっとちょうどいいタイミングだったのかなって。あいつがやるって決めたんですよね。だから、僕はもう、全く関わっていない。
上野は以前のインタビューで、T-BOLANとしての活動終了後、講演活動を夢のひとつに挙げている。
森友 あいつはすでに1個、新しい道をつかんじゃっている。くも膜下出血で倒れて、リハビリで復活してきた上野。そして今、ステージ4の肺がんの中でも、治療しながら、自分がやりたいことに挑戦してる上野。同じようなことを抱えて、うつむいている人もいっぱいいると思う。
でもあいつは、「好きなことやろうよ」「それが自分を元気にするよ」というメッセージを届けたいと思っている。それをもう、やり始めています。
だから、それをどんどん広げていけばいいと思うし、本当に今、上野は、自分ができることで、誰かの何かになることがあるのなら、もう何をしてでもやりたいと思っている。その決心はすごいと思いますよ。
森友自身、限りある時間の中で、T-BOLANの活動終了後、音楽以外にどんな活動を思い描いているだろうか?
森友 もうやっています。発表していないですけど。それも武道館の先になったら分かります。
例えば、今の社会の価値観だったり、みんなが向かっている方向に疑問があるんです。「本当にこれでいいの」という。僕らが子供の頃って「ここまでだったかな」って。大人の選択の仕方とか、子供を導く言葉だったりとかでね。
僕が60歳で、そんなに大した時間じゃないけど、その中でもすごい変化をしている。この変化の中で、子供たちにつなげていきたいものと、もう1回戻して渡したいものもあって、社会構造も含めて、僕は今のままでいいと思っていないんです。
もちろん、音楽の中にそれを歌い込んでメッセージを発することもできるけれど、もっとリアルなところでもできることがないのかなって。そんな感じで、もう10年ぐらい前からソーシャルな活動として、音楽とは別のことの活動をしています。
これから進もうとしてることのキーワードは、武道館で発表します。(おわり)