小笠原道大氏、嵐の声に背中押され気持ちを1つに「みんなで頑張ろうよ」と打席に/インタビュー

小笠原道大氏(2025年6月撮影)

1999年(平11)の結成から約27年、日本中から愛されたアイドルグループ嵐が、31日のラストライブをもって活動を終了する。5人とゆかりのある著名人らが嵐への思いを語るインタビューを7日間連続で掲載する日刊スポーツの連載企画「感謝の嵐」第2回。日本ハム、巨人、中日で活躍した小笠原道大氏(52)が、嵐を称賛し、今後のさらなる活躍を願った。現役時代、打席に向かう際の曲として、嵐の楽曲を2曲使わせてもらった。「Happiness」と「サクラ咲ケ」を選んだ経緯を思い出しながら語った。

◇ ◇ ◇ ◇

2011年(平23)の春、小笠原家の家族会議の題材は、その年の登場曲についてだった。「こんなのもいいんじゃない?」と提案されたのが嵐の「Happiness」。ファンクラブに入っていた娘たちの推しだった。「走り出せ♪走り出せ♪」という歌詞が目に入った。「これからいくぞって雰囲気が出ていていいなって」。それまでは洋楽を登場曲にしていた。当時、ファンから意外に思われた選曲は、そうして決まった。

そして、もう1曲。「サクラ咲ケ」も使うことに決めた。東日本大震災の復興応援ソングとして歌われていた。「3・11の歌だったし、選んでみました。『みんなで頑張ろうよ』っていう思いを込めたかったからね」。小笠原にとってネクストバッタースボックスから打席に歩く数秒は、集中力を高め、静かに闘志をかき立てる時間。嵐の声に背中を押され、悲しみにくれる日本を元気づけようと、気持ちを1つにした。

15年の引退後、嵐のメンバーとの接点が1度ある。「去年、ニノの番組、(TBS系)『ニノなのに』だったかな。それにゲストで呼ばれてロケに出たことがありますよ」。巨人ファンだという二宮和也へのサプライズだった。「以前に、とあるパークで見かけたことがあるけど、プライベートっぽかったんで話しかけませんでしたって。ほんとですか? そうだったんですよってやりとりしたかな」。本当の初対面は気遣いで流れていた。

嵐の活動終了が迫っている。いま、思うこととして「グループとしてもすごかったですし…」と言ったところで自ら訂正した。「ちがう、すごいですし、だね」。まだ過去形ではない。アスリートもアーティストも敏感な部分だ。ていねいに言葉を紡ぐのは、真剣に相手を思うとき。小笠原もそこは現役時代と変わらなかった。

「グループとしてもすごいし、単体でもすごい。一瞬だけじゃなくて、何年もそれをやってきた。薄れるものじゃなく、エネルギーもすごいものをみんなにもたらしてる。(活動終了となって)寂しいものはあるけど、個々は終わらない。まだまだ輝き続けてほしいよね」。かつて背中を押してくれた嵐のメンバーの背中をそっと押した。(敬称略)【竹内智信】

◆小笠原道大(おがさわら・みちひろ)1973年(昭48)10月25日生まれ、千葉県出身。暁星国際からNTT関東を経て96年ドラフト3位で日本ハム入団。入団時は捕手。3年目から内野手転向。02、03年首位打者。06年は打点、本塁打の2冠でMVPに輝き日本一に貢献。巨人にFA移籍した07年に史上2人目の両リーグMVP。11年5月5日に2000安打達成。13年オフに中日へFA移籍。15年引退。04年アテネ五輪、06、09年WBC日本代表。引退後は16~19年中日2軍監督、20~21年日本ハムコーチ、22~23年巨人コーチ。生涯打率3割1分0厘、378本塁打、1169打点。現役時は178センチ、84キロ。右投げ左打ち。