「ブルー・ライト・ヨコハマ」などを手がけ、昭和の音楽界をけん引した作詞家の橋本淳(はしもと・じゅん)さん(本名与田準介=よだ・じゅんすけ)が5月21日に死去していたことが1日、分かった。肝硬変で闘病していた。86歳。東京都出身。告別式は近親者で行った。喪主は長男与田春生(よだ・はるお)さん。
1966年(昭41)年に藤浩一、望月浩らが歌った「黄色いレモン」以降、青学の1年後輩だった作曲家筒美京平さんとのコンビで、ヒット曲を連発。いしだあゆみの「ブルー・ライト-」のほか、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ「ブルー・シャトウ」、野口五郎「青いリンゴ」、郷ひろみ「あなたがいたから僕がいた」、小泉今日子さ「半分少女」などを手がけた。
「ブルー・シャトウ」は、67年の日本レコード大賞を受賞した。