あだ名は「ハンバーグ」菅原洋一さん死去「早くお客さまの前で歌いたい」リハビリ励むも逝去

菅原洋一さん

歌手の菅原洋一さんが、5月31日午前9時26分、悪性リンパ腫のため死去したことが分かった。日本歌手協会が発表した。

92歳だった。本人、遺族の希望で1日に家族葬を執り行った。お別れの会は予定していない。今年の4月6日まで東京・上野のライブ会場でコンサートを開催し、当日も代表曲「知りたくないの」や「忘れな草をあなたに」はじめ、シャンソンの「さよなら」「マイ・ウェイ」など11曲を力強く歌唱。生涯現役を貫いた。

菅原さんは、昭和8(1933)年8月21日、兵庫県加古川市に生まれ、18歳で国立音楽大学に入学。大学卒業後の昭和33(1958)年、タンゴバンドの早川真平とオルケスタ・ティピカ東京に入団し、タンゴ歌手としてデビュー。デビュー10年目に当たる昭和42(1967)年、過去(昭和40年)にレコードの裏面(A面は「恋心」)として発売していた「知りたくないの」が有線放送から火が付き、表面で再リリースすると80万枚突破の大ヒットとなり、その年末の「第18回紅白歌合戦」に初出場した。その後も白組のエース歌手として昭和63(1988)年まで連続22回出場の記録を打ち立てた。

当時の人気音楽番組「夜のヒットスタジオ」の司会者だった前田武彦さんに、菅原さんの愛嬌(あいきょう)ある丸顔にちなみ「ハンバーグ」というニックネームが付けられ、お茶の間に浸透。本人もハンバーグが大の好物だったが、近年のステージでは、「昔はハンバーグでしたが、このごろはステーキになりました」など、ステーキを“すてき”に引っかけるなどのダジャレで客席を沸かすなど元気な姿を見せていた。

長らく活躍を続けていたが、5月20日に控えていた練馬文化センターでの「春のコンサート」の数日前に体調を崩し入院。ベッドの上でも「早くお客さまの前で歌いたい」と、6月24日、25日に開催される「日本歌手協会 夏まつり唄まつり2026」や93歳を迎える8月21日当日の「菅原洋一 93才バースディーコンサート」などの出演に向け、リハビリに励んでいた。

日本歌手協会では、菅原さんの訃報に際し今回の「夏まつり 唄まつり~」で菅原さんの作品を倍賞千恵子、クミコらほかの出演者での歌唱を検討。さらに菅原さんの「歌手協会歌謡祭」などで歌った姿を、追悼番組とし、7月1日午後19時~21時までのBSテレ東「日本歌手協会歌謡祭プレミアム」において30曲ほどの秘蔵VTRを集め、「ありがとう~日本の宝物・菅原洋一さん(仮題)」として2時間放送することが急きょ決定した。

◆菅原洋一(すがわら・よういち)本名同じ。1933年(昭8)8月21日生まれ、兵庫県加古川市出身。国立音大声楽科卒。NHK紅白歌合戦は67年から22年連続出場。「愛のフィナーレ」「忘れな草をあなたに」「アマン」(シルヴィアとのデュエット)などヒット曲多数。タンゴ、流行歌、童謡などさまざまなジャンルを歌った。18年に文化庁長官表彰。愛称は「ハンバーグ」。血液型B。