<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
国民的アイドルグループ嵐が5月31日、東京ドームで最終公演を行い、グループ活動を終了した。
解散コンサートには、いくつもの伝説的なコンサートがある。
沢田研二がメインボーカルだったザ・タイガースは、1971年(昭46)1月24日に、東京・日本武道館で解散コンサートを行った。
デビュー後、会社の方針もあり、ライブバンドからアイドルバンドに変わっていった。
意に反した方向転換で、メンバーの関係もぎくしゃくして解散に至った。
60年代後半のグループサウンズ(GS)ブームの頂点にいたザ・タイガースの解散は、GSブームそのものの終焉(しゅうえん)を象徴していた。
75年4月12日に、東京・神田共立講堂でかぐや姫の解散コンサートが行われた。「神田川」「赤ちょうちん」「妹よ」などがヒットした。
こちらもメンバーの意に反し、若者が貧しくとも懸命に生きようとする姿をテーマとした四畳半フォークグループのレッテルを貼られた。
次作が映画化を前提として決められるなどを苦慮して、解散を決意した。
かぐや姫の解散で、四畳半フォークは衰退した。
1日後の75年4月13日には、キャロルが東京・日比谷野外音楽堂で解散コンサートを行った。
矢沢永吉、ジョニー大倉さんらの個性的なロックンローラーが、革ジャン、リーゼントで圧倒的な存在感を示した。
ロックとは無縁だった若者を引き込んだ。だが、若さもあり、徐々にメンバー間のきしみ、対立が生じて解散した。
同音楽堂には、解散を惜しむ約7000人のファンが詰めかけた。
アンコールの最後で、演出の爆竹の火が舞台の発泡スチロールに燃え移るハプニングが起こった。
ステージ天井まで炎上するシーンに、燃え尽きたキャロルを象徴したエンディングと報じた。
かぐや姫とキャロルの解散で、音楽シーンは井上陽水らニューミュージックへと変わって行った。
78年4月4日、キャンディーズが東京・後楽園球場で解散コンサートを行った。女性歌手(グループ)では初のスタジアムコンサートだった。
前年の77年7月17日に、日比谷野外音楽堂でのコンサートで、伊藤蘭ら3人のメンバーが「普通の女の子に戻りたい!」と、独断で解散を宣言した。
後楽園球場の解散コンサートには、約5万5000人のファンが詰めかけた。
約4時間に及んだコンサートで、3人は「本当に、私たちは、幸せでした!」の名言を残した。
キャンディーズの解散は、アイドルの引き際に大きな影響を与えた。
嵐のラストコンサートも伝説になるだろう。【笹森文彦】