宮川大輔、若き頃の吉本若手「4チーム」実名で明かす「全員がバチバチ。全員が怖かった」

宮川大輔(2025年撮影)

お笑いタレント宮川大輔(53)が9日に配信された、タレント関根勤のYouTubeチャンネル「関根勤チャンネル」に出演。若い頃の吉本興業所属芸人たちの間の”チーム“と”バチバチぶり“を明かした。

トークでは90年代に活躍し、宮川も属した、雨上がり決死隊、ナインティナイン、FUJIWARAなどで結成され人気となった若手ユニット「吉本印天然素材」などの話題に。当時イケイケだった吉本興業所属芸人たちのエピソードなどを話した。

宮川は「全員がその時(若い時)って派閥みたいなのが強くて、やっぱりダウンタウンさんとかのほんとに兄さんやらのチーム、僕らで言うと『天素』(天然素材)チーム、で、銀座7丁目劇場とかは極楽とんぼさんとかのいたチーム、大阪やったら心斎橋筋2丁目劇場の千原兄弟さんのチーム…これが分かれてたんですよ」と当時の勢力関係を説明した。

そして宮川は「で、全員がバチバチだったんですよ。本当に道歩いているだけで、(別のチームの芸人らから)ケツをバーンて蹴られて“痛っ”とか。そんなんもありましたし…嫌でしたね。全員が怖かった」と続けた。

関根はそれを聞き「それが年齢を重ねるうちにそういうのがとけてきて、全員一緒になって仲良くなったもんね。やっぱ若いうちはダメなんだね?どうしても」と話すと、宮川は「(若いころはみな)やっぱり売れたいですし、勝ちたいし、それがモロに出てましたね。それがちょっと苦しかったですね、僕は。その時期は“辞めたいな”と思うくらい、人間関係が8年くらいストレスでしたね。僕1人が一番年が若くて…」とぶっちゃけつつ振り返った。