ガッツ石松さんを取材したのは21年前。天然ボケでバラエティー番組に引っ張りだこの55歳だった。
「番組に出たらおれは野球の選手の1人。役割分担ですよ。それを天然ボケと思う人がいてもいい。時には計算、時には天然さ」と記者の顔をじっと見つめて話し始めた。テレビでは見たことのない真面目な表情と言葉ばかりで「これまでの人生は死にもの狂い。そういう過去をじっと我慢で乗り越えてきた結果、今、吹いている風があるんだ」と続けた。
栃木の極貧生活からWBC世界ライト級王者になり5度の防衛に成功。1試合のファイトマネーは当時の日本人最高の6000万円だった。「1万円札を枕の下に敷いて明日になったら5万円になるんじゃないかと夢見ていた男が、銀座で飲み歩いて一晩で100万円ぐらい使ったんだ」と人生の成功を手にした“てんぐ時代”を振り返った。
その後に喫茶店経営など事業家への転身を模索したがことごとく失敗。96年には衆院選に出馬し、大差で落選して3億円の借金を抱え自殺まで考えた。「人生は1度だけ。悔いのないようにしたいだけさ」。自分に言い聞かせるようにそう言っていた。
ご家族が「幸せな一生だった」とコメントしている通り、浮沈の激しい生きざまを「OK牧場!」と言いながら旅立ったと思う。【松本久】