米寿の小林旭が記念コンサート開催 棺おけのふたが閉められるまで永久不滅のマイトガイを宣言

上下白のラフな格好で記者会見する小林旭(2026年6月撮影)

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

俳優で歌手の小林旭(87)が6月4日に、東京・浅草公会堂で「小林旭コンサート 永久不滅のマイトガイ」を開催した。

今年は日活で銀幕デビューして70周年。11月3日には88歳(米寿)を迎える。その集大成として3月から、コンサートや試写会などの「八十八カ所イベント」をスタートさせた。この日はその一環だった。

日活時代からのファンも含め、満員の老若男女が詰めかけた。

開演前のリハーサルから見た。コンサートの場合、本番数時間前に取材陣を入れて行うケースも多い。

そのためソロ歌手でもグループでも、演歌でもポップスでも、本番と同じ衣装でリハーサルに臨む。

ところが小林は違った。上下白のトレーナーのようなラフな姿で現れた。

取材陣がいることなど、気にする様子はない。

それどころか、最終的な音合わせで、何度も演奏を止めた。「トランペットの音の高さが違う」「音をコーラスのように」など、細かく指示した。

その言葉を受けて、指揮者や演奏者が楽譜に細かくメモし、修正した。

「イアモニ」(インイヤーモニターの略)の聞こえ方も、ステージ上を前後左右に何度も歩きながら確認した。

イヤモニは歌手が演奏の音などを、自分に合った適度な音量で確認する大切なイヤホンのこと。

ステージ上の歌手にとって、後方の演奏は大音量となるため、難聴などを防ぐためのものでもある。

その後、ステージ上のいすに座って記者会見した小林は「歌は苦手。いつもハラハラ、ドキドキしている。裕ちゃんみたいに、鼻歌でうまいと思わせられればいいんだけど(笑い)、俺は大きく高い声でごまかさないとダメなんだ」。

映画全盛期を共に支えた盟友・石原裕次郎さん(52歳で死去)を引き合いに、歌手小林旭を解説した。

そして「(昭和)30年代のレコードを聴くと、高い声が澄んでいたね。スイスの山を思わせるような感じだった。今はダミ声が半分入ってきた」と、冗談交じりで話した。

しかし、リハーサルで見せたこだわりは、俳優として歌手として、手を抜くことなく、第一線に立ち続けるプロの姿勢をまざまざと見せつけた。

本番では歌手デビュー曲「女を忘れろ」(58年)から、「ダイナマイトが百五十屯」「ギターを持った渡り鳥」「アキラのズンドコ節」「自動車ショー歌」「昔の名前で出ています」「熱き心に」と、休憩を挟まず19曲を熱唱した。

小林は「人生に終わりはないと思っている。棺おけに入れられて焼かれて骨にだけになれば、何もなくなる。でも意識があるまで終わらない。よく引退は、と言われるが棺おけのふたを閉められるまで、がむしゃらにやるよ」と話した。

コンサートタイトルは「永久不滅のマイトガイ」。マイトガイは小林の代名詞で、ダイナマイトのように爆発する強烈な男という意味だ。

今もそれは何も変わっていない。棺おけのふたが閉められるまで、小林旭は永久不滅である。【笹森文彦】