美輪明宏さん老衰で死去 91歳「愛があれば戦争なんか起こりません」と直筆メッセージでお別れ

美輪明宏さん(2019年12月撮影)

シャンソン歌手、俳優美輪明宏(みわ・あきひろ)さん(本名丸山明宏=まるやま・あきひろ)が20日に老衰のため死去したことが28日、美輪さんの公式サイトで発表された。91歳だった。葬儀・告別式は近親者で執り行ったという。お別れの会や偲ぶ会の予定はないとしている。

発表では「突然のご報告となりますが、弊社所属の歌手で俳優の美輪明宏が、六月二十日午前九時三十分、老衰のため九十一歳で永眠いたしました」と報告。近況について「この一年は、高齢のため仕事をセーブし、体力の回復に努めておりました。約三ケ月前に体調を崩してからは、自宅で静養しておりました」としている。

続けて「最後は『ありがとう』と一言感謝の言葉を伝え、静かに目を閉じました」と明かされている。

また、告別式について「本人が好きだった黄色いバラを祭壇に飾り、棺には応援してくださったファンの皆さまからのお手紙を納めました」とつづられ。

美輪さんの直筆メッセージも添えられている。メッセージには「こんな世の中を生き抜く武器は愛の言葉しかありません この世のすべての問題を解く鍵は愛です 愛があれば戦争なんか起こりません 美輪明宏」とつづられている。このメッセージについて発表文に「美輪の願いは、この世からあらゆる差別、偏見をなくし、すべての人が平和で明るく楽しく生きていける共生社会の実現でした。その願いを込めたメッセージです。本人が常々口にしていた言葉です」と添えられている。

美輪さんは仕事をセーブする約1年前まで、舞台や、歌とトークで構成した音楽会などに精力的に出演していた。

長崎市生まれの美輪さんは、52年にシャンソン歌手としてデビュー。当時珍しいユニセックスファッションや性別を超えた美貌で注目された。57年「メケメケ」が大ヒットし、「シスターボーイ」「武以来の美少年」として衝撃を与えた。作家三島由紀夫、劇作家寺山修司らにも支持され、交流するようになった。

シンガー・ソングライターとしても才能を発揮、65年に発売した「ヨイトマケの唄」で脚光を浴びた。2012年にはNHK「紅白歌合戦」に初出場し、同曲を歌唱した。

舞台でも活躍した。67年に寺山が立ち上げた劇団「天井桟敷旗」の揚げ公演では「毛皮のマリー」に主演。その後も三島が脚本を書いた「黒蜥蜴(とかげ)」、仏シャンソン歌手エディット・ピアフの生涯を描いた「愛の賛歌」など、その後何度も再演を重ねる代表作に多数主演した。

また、興収193億円を記録した大ヒットアニメ映画「もののけ姫」(97年)では山犬神役、「ハウルの動く城」(04年)では荒地の魔女役の声を務めるなど、声優としても個性的な演技で魅了した。

美輪さんは10歳の時、長崎で原爆被害を目の当たりにした。部屋の中でほんの少し身をかがめていたこと、窓から少し離れていたことで生き延びた経験は、美輪さんの生き方を大きく変えた。同性愛者であることを告白し、人気が低迷したこともあったが、周囲の雑音を気にすることはなかった。

美輪さんが自分を貫く姿に、多くの人が憧れた。バラエティー番組やラジオ番組、新聞などでの人生相談での示唆に富んだ回答や、相手を思いやる言葉が人気だった。

芸能人という枠を超え、文化や生き方を教えた美輪さんの喪失はあまりにも大きい。

◆美輪明宏(みわ・あきひろ)本名・丸山臣吾(後に明宏と改名)。1935年(昭10)5月15日、長崎県生まれ。丸山明宏の名前で52年、銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」で歌手デビュー。57年「メケメケ」で人気になり、66年「ヨイトマケの唄」で労働者の支持を得る。72年、姓名判断で美輪明宏に改名。故寺山修司の劇団「天井桟敷」の設立に参加。「毛皮のマリー」などの代表作に主演。87年に初のヨーロッパ公演を行い、国際的なシャンソン歌手として地位を確立した。