スタレビとオメガトライブにベストソングを肯定された気分だったが、感傷的になる暇はなく…

杉山清貴(2024年3月撮影)

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

スターダスト☆レビュー(以下「スタレビ」)と杉山清貴&オメガトライブの初コラボライブ「アレレのぱんちょす」をこのほど取材した。

両バンドは79年に開催されたアマチュアバンドコンテスト、ヤマハ「ポピュラーミュージックコンテスト」(通称「ポプコン」)で初めて出会った。ライブタイトルはアマチュア時代のバンド名、スタレビの『アレレのレ』とオメガトライブの『きゅうてぃぱんちょす』を合わせた。

同コンテストのグランプリはクリスタルキングの「大都会」が獲得。クリスタキングはこの年、同曲でデビュー。当時小学生だったおじさん記者にとって、田中昌之&ムッシュ吉崎の強力ツインボーカルはまさに“衝撃”だった。田中が声帯を痛めたのは残念な限りだが、同曲は今なお歌謡曲のベストソングとなっている。

当時は、今のような情報社会ではなかった。そのため、欲しい情報にもたどり着けないことが多かった。高校生となって初めて組んだバンドで、ポプコン群馬大会の地区予選に参加。そこで、先輩たちから伝えられた数々の伝説の中で、クリスタルキングやスタレビの逸話を聞いたのだった。

そんな事情もあり、当時を実際に体験している証言者としてのコメントに、個人的にも興味津々だった。

スタレビの根本要(69)は「リハの段階で“出番がないな”ってくらいだった」とした。また、バンドメンバーは「クリスタルキングだけリハの時間が長く、特別扱いのようだった」と証言。だが根本は「そうだったっけ?」とした。

一方、杉山清貴(66)も「出ても仕方がないかってくらいだったよね」と同意し、「荷物を持って帰ろうと思った」という。

若き日の2人にとっても、“衝撃”だったようだ。小学生当時に受けた“衝撃”。そして、今なおベストソングであるおじさん記者の感覚を肯定されたような気がして、ちょっとうれしかったりもした。

だが感傷的になっているヒマはない。「締め切り」という現実的な問題に直面した。残された時間は約20分。20分あれば…。これが甘かった。コンサート取材では、写真はオフィシャル素材を提供されることもある。この日もそうだった。

提供された写真をダウンロードして出稿。電波状態が悪く、この作業に約10分を要した。この作業中に他の作業をして、パソコンがフリーズしたら全てが水の泡と化す。締め切り間際に何もできず、ただ待つしかないのは永遠のように感じた。

写真出稿が無事終わり、用意しておいた原稿に2人のコメントを入れ、出稿が完了したのは締め切りギリギリだった。【川田和博】