W杯期間に開催イベントでお披露目新ブランドに込めた思い「ストーリーを…」KENJIRO

新鋭ブランド「BORN READY(ボーン・レディ)」を立ち上げたクリエーティブディレクターKENJIRO

FIFAワールドカップ(W杯)北中米大会に合わせて、東京・渋谷パルコでサッカーとファッションを掛け合わせたポップアップイベント「Rise Up for the Cup」(6月13日~7月20日)が開催されている。イベントで展開している新鋭ブランド「BORN READY(ボーン・レディ)」を立ち上げたクリエーティブディレクターKENJIROがこのほど取材に応じ、ブランドに込めた思いや、今後の構想、イベント開催の裏側を語った。【取材・構成=佐藤成】

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大阪府出身の29歳。KENJIROは大学卒業を機に上京し、芸能関係の仕事をしながら、新ブランド「BORN READY」を生み出した。幼い頃から憧れていた明石家さんまが作詞した木村拓哉の楽曲「Born ready」から着想を得て、ブランド名を決定。「生まれた瞬間から、準備はできていた」「いつだった準備万全だぜ」という意味が込められている。構想から2年でようやく始動。仲間と共催するイベントポップアップイベント「Rise Up-」でファーストコレクションをお披露目した。

イベント内で発表したのは、48枚限定の白シャツ。左胸にロゴがあしらわれている。シンプルで洗練されたデザインが清涼感を際立たせる。ロゴは地元のガンバ大阪の青と黒のカラーを基調に、心臓の鼓動やサッカーボールをイメージして考案した。

白シャツは大量生産するわけではなく、W杯の出場国数、自身の誕生日4月8日とかけて48着のみで展開した。

「大学までサッカーをやっていたのですが、人とのつながりを大切にこれまで生きてきました。僕個人というよりは、ブランドに影響力を持った方が手に渡る数が増えるなと思って、プロジェクトとしてブランドを立ち上げようと思っていました。ストーリーを大切にしたいんです」

幼少期からサッカーに熱中し、仲間との絆を重視してきた。関西の名門・京都産業大では、下のカテゴリーからトップチームまでさまざまな環境でプレーし、部の潤滑油の役割を担った。

「今回のW杯に向けて、2、3年前から何か仕掛けたいと思って行動していました。サッカーのつながりで、アスリート特化型ファッションメディア『アスリートファッション』の運営に携わるようになり、その後サッカー古着専門店『Bastone』を運営する遠藤(俊明)と知り合って、自分の新ブランドを含めて3者共同でイベントをする運びになりました」

6月13日から東京・渋谷パルコで「Rise Up-」を展開。世界中が熱狂するW杯期間に合わせた。多くの人の記憶に残るスポーツの祭典のスタートと同時に、「BORN READY」も仕掛けた。

「昔からファッションは大好きでしたが、服飾の学校に通ったわけでもなく服を作るのがうまいわけではない。でも人をつなぐことにはたけていると思うんです。それはサッカーで培ったもの。まずは服で、これをプロジェクトの入り口にして、やりたいことをどんどん広げていくイメージです」

昨年、友人の手伝いでイギリスへ古着の買い付けに行った。リバプールの商業施設の屋上でゆっくりしていると、ストリートサッカーをしている集団を見つけた。英語が得意なわけではないが、自ら話しかけて気がつけば2、3時間ともにボールを蹴ったという。

「国籍も言語も違うけど、球蹴り1つでめちゃくちゃ刺激し合えた。その後に飲みにも行きました。そこで、世界共通のものって大事だなと実感したんです。彼らはサッカーユニホームを私服で着る文化があります。それでサッカーとファッションという自分の好きな2つ軸を掛け合わせたらいいなと」

将来的な夢は「運動会」を開くこと。小学生、中学生、高校生のころに全員が参加して夢中になった行事を開催したい。28年のロサンゼルスオリンピック(五輪)を射程に、ジャージーの販売を目指している。

「デジタルな時代だからこそ、人と人のつながりを大切にしたい。誰もが1回体験した熱量をもう1回実現したい。スポーツとファッションは非言語。運動会は運動神経がいい人だけのものではない。アスリートも、芸能人でもファッションの人でもみんなが熱狂を感じてほしいんです。そこに合わせてジャージーを作りたい」

今回のプロジェクトは、全て自己資金で実施したのもこだわりの1つだ。「震えた方がいいので」と笑う。スポンサーを募るわけでもなく、自らリスクを負った。

「誰かのお金でやるのはリアルからかけ離れているので。自分の足で稼いだもの、つてで出会った人と最初はやりたかった。サッカーを起点に大きなエンターテインメントの渦を作りたいです」

世界中が狂喜乱舞するW杯の裏側で、文化発信の街・渋谷から新たなプロジェクトが第1歩を踏み出した。