山田五郎さん死去…共演した中川翔子、松尾貴史ら芸能界から追悼続々、TVラジオメディアも感謝

山田五郎さん

編集者、評論家の山田五郎(本名:武田正彦、たけだ・まさひこ)さんが67歳で亡くなっていたことが22日、分かった。自身のYouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」内で発表した。14日夕方に亡くなり、19日までに葬儀を終えたとした。

マルチに活動していた山田さんを悼む声が芸能界から次々届いた。ラジオ番組「山田五郎と中川翔子のリミックスZ」で共演していたタレント中川翔子は自身のXを通じ「7月14日、会いに行きました。あと5分、間に合いませんでした。悔しくて、悲しくて、信じられなくて。でもどこかで、『お前はしょうがねえなあ。先に行くからよ、頑張れな。』と、五郎さんらしく笑って言われたような気がしました。眠っているだけのような穏やかな顔でした」と振り返った。

共演機会多数の俳優松尾貴史はXで「『タモリ倶楽部』の『今週の五つ星り』コーナーをなさってい頃からのお付き合いなので35年以上になります。ひとかたならぬお世話になりました。有難うございます。哀悼」とつづった。

俳優佐野史郎も「山田五郎さんとは数回しかお会いしたことはありませんが70年代のサブカルチャームーブメントの中に生きてきた方として親しみを抱き続けておりました」と告白。続けて「かつてサルバドール・ダリのコレクションで知られる福島の諸橋近代美術館で開催されたトークイベントでご一緒させていただいたことがありましたが 決してダリを賛美するばかりではなくその筆遣いについて容赦ない批評をもなさっていて痛快でした」と思い出を振り返った。

ロックバンド氣志團の綾小路翔もXで「山田五郎さん、ご帰天の報。博学で、ユーモラスで、憧れの人でした。個人的にもアド街では何度もお世話になり、氣志團万博には『大島渚』のギタリストとしてご出演頂きました」などとと山田さんとの思い出をつづった。

芸能界のみならず、メディア側からも悲しみの声が相次いだ。山田さんとみうらじゅん(68)とパーソナリティーを務めていたラジオ番組「みうら五郎」(日曜午後11時半)を放送していたTBSラジオは公式Xで「五郎さんががんを公表したあとの2025年6月に、みうらじゅんさんと2人で毎週おしゃべりする番組『みうら五郎』が始まりました。五郎さんは病魔と闘いながら、長い友人であるみうらさんとの収録を心から楽しみにされていたと伺っています。収録済みのトークは、すべて放送・配信いたします。最終回は7月26日です」とつづり、最終回を告知。「最後に偶然引いたキーワードは、五郎さんの美術への愛と教養があふれるもので、笑顔を見せながら話してくれました。深い知性と教養。そして穏やかな語り口とユーモアで、私達にたくさんのものを教えてくれました。山田五郎さん、ありがとうございました」と感謝した。

山田さんはテレビ東京の人気番組「出没!アド街ック天国」(毎週土曜午後9時)にも出演。「弊社番組『出没!アド街ック天国』に1998年4月から28年以上にわたりご出演いただいておりました山田五郎さんが逝去されたことを悼み、謹んで哀悼の意を表します」とし、「山田さんは『再開発で新しいビルが建っても、街の魅力はそこにある人や文化なんだ』『東京の下町の路地には文化が生まれる』と常々語ってこられました。独自の圧倒的な博識とユニークな視点、そして温かいお人柄で街の魅力を語る姿は、番組にとって欠かすことのできない唯一無二の存在でした」と存在の大きさを、あらためて言葉にした。

山田さんが04年まで在籍していた講談社も追悼文を発表。山田さんの公式YouTubeチャンネルのポストを引用する形で「山田五郎さんのご冥福をお祈りいたします」とつづった。

山田さんは1958年(昭33)12月5日、東京都生まれ、大阪育ち。北野高OB。上智大新聞学科卒業後、講談社に入社。若手雑誌「ホットドッグ・プレス」などを手がけた。04年に退社後はフリーランスでコラムニストや編集者としても活動。25年7月には、第17回伊丹十三賞を受賞。

山田さんは2024年にステージ4bの「原発不明がん」であることを公表、がんが骨に転移し圧迫骨折を起こしたことや、抗がん剤治療を行うことなどを明かしていた。