板東英二さん死去 金妻シリーズ、朝ドラ…さんまにいじられバラエティーでも

板東英二さん(2018年8月撮影)

元プロ野球の中日ドラゴンズ投手で、タレントとしても活躍した板東英二さんが7月22日、慢性心不全のため、亡くなった。28日、公式サイトで発表された。86歳だった。

板東さんは20年7月下旬、大阪市内の自宅近くで転倒し、頭部を強打して入院。同26日放送分のMBSラジオ番組を休み、以後、同番組担当者も、復帰メドが立っていない現状を明かしていた。また、親しい関係者の間では「見舞いにも行けない。入院先も教えてくれない」と不安そうに話す者もいた。

板東さんは、徳島商のエースとして、甲子園で活躍。58年オフ、中日に入団し、11年で77勝をあげた。69年オフ、現役を引退。野球解説者の仕事ともにタレント活動も始め、テレビ、ラジオで活躍。引退した上岡龍太郎氏と、ラジオで“舌戦”を繰り広げるなど、豊かな個性で人気を得た。

独特のキャラクターを生かして、俳優としても活動。「金曜日の妻たちへ」シリーズや、NHK連続テレビ小説「ええにょぼ」など、多くのドラマに出演。タレントとして、バラエティーでも活躍していた。

しかし、12年に所得隠しが発覚。13年11月に大阪市内で、名古屋国税局からの申告漏れ指摘について会見し、過去20年続けていた頭部植毛を「経費」と認識していたなどと主張した。

板東さんは、その後、芸能活動を一時休止。14年1月に、明石家さんまの番組に出演していた縁などから、吉本興業入りし、ダウンタウンらと共演して、再び話題をふりまいた。

19年には、吉本興業を離れ、旧知のスタッフが運営する事務所で再始動。大阪、愛知でラジオ番組のレギュラーを持っていたが、親しい関係者によると、20年1月に親交があり、ラジオ共演もしていた元中日監督の高木守道さんが急死してから、板東さんの気落ちも激しくなったという。

20年春以降は、愛知でのラジオ番組も終わっていた。同年夏の転倒事故の影響で、MBSラジオの番組も終了。ラジオを含めてレギュラー番組はなくなっていた。親しい関係者によると、20年秋までには大阪府内の自宅からは転居し、親族が暮らす関東方面へ拠点を移し、仕事再開への意欲は持ち続けていたという。

◆板東英二(ばんどう・えいじ)1940年(昭15)4月5日、旧満州生まれ。徳島商時代、夏の甲子園準優勝。59年に中日入団。投手として活躍し、69年引退。通算435試合、77勝65敗、防御率2・89。球宴3度出場。引退後は野球評論家として活躍。球界の内幕を描いた著書「プロ野球 知らなきゃ損する」も話題に。89年には映画「あ・うん」で日刊スポーツ映画大賞助演男優賞を受賞するなど俳優業でも受賞多数。他にも司会業などマルチタレントとして活躍した。

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