黒柳徹子「お母さん今でも耳に」和田アキ子「笑顔のバンちゃん」/板東英二さん悼む

板東英二さん(2012年撮影)

中日の元投手でタレントの板東英二氏が22日に慢性心不全のため死去した。86歳だった。

板東さんの公式サイトが28日、発表した。プロ野球を引退後は野球解説者のほか、司会、俳優など多彩な芸能活動を続け、お茶の間の人気者だった。葬儀はすでに近親者のみで執り行われた。

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▽黒柳徹子(92) (インスタグラムから抜粋)一番長くご一緒したのは「世界・ふしぎ発見!」です。板東さんはいつも私のことを「お母さん」と呼んでいました。私は「あなたを産んだ覚えはない」なんて言っていましたが、その「お母さん」という声が、今でも耳に残っています。いつも明るく、「自分は長嶋さんより契約金が高かったんだ!」と誇らしげにお話していました。今ごろ天国で長嶋さんに再会して、「やっぱり僕の方が高かったよね」と、笑いながら話していらっしゃるかもしれませんね。本当に楽しく、温かい方でした。ああいう方がいなくなってしまうのは、本当に寂しい思いでいっぱいです。

▽和田アキ子(76) (所属事務所を通じて)私は“バンちゃん”と呼ばせていただいていました。いっつも明るくて、いっつも優しくて、笑顔のバンちゃんしか思い出せません。NHK連続テレビ小説「ええにょぼ」でも共演しました。私もバンちゃんも、お正月にオーストラリアに毎年旅行に行っていて、一緒にゴルフをしたり、ご飯を食べたり、飲み明かしたりと、楽しくて素敵な思い出しかありません。本当に残念です。心よりご冥福をお祈りいたします。

▽間寛平(77) (事務所を通じ)板東さんにはマジカル頭脳パワー!!でお世話になり、さんまちゃんとゴルフに行った際にもお世話になり、今何してんのかなぁとずっと気にしてました。最後に会いたかった、残念です。

▽野々村真(62) (インスタに) 突然、僕の芸能界のお父さんが逝きました 世の中を生き抜く力を身を持って教えてくれた板東英二は流石燃えよドラゴンズ!です。大好きだったゆで卵とビール 本当に感謝の言葉しかなかった ゆっくり休んで、ありがとうございました!

▽はるな愛(54) (テレビ出演し)大阪の実家に板東さんが遊びにきてくれた。ばあちゃんが板東さんにごはんを食べてもらいたいって準備した。(収録後、スタッフとともに板東さんも食事をし)おいしい、おいしいって。家族が大好きって話をいっぱいされていた。温かい人だな。現場に板東さんがいると、ウキウキしていました。

▽桂文珍(77) 板東さん、お疲れさまでした。高校野球の記録は永遠です。「ビンゴシュート」と、テレビでも御一緒させていただき、あの笑顔が忘れられません。ゆっくりお休み下さい。ありがとうございました。