【こんな人】一目ぼれ初恋に燃え自らプロポーズ「髙嶋家の妻、そして母」女優に戻った殿堂入り

寿美花代さん(所属事務所提供)

元宝塚歌劇団星組トップスターで女優、司会者として活躍した寿美花代(すみ・はなよ)さん(本名髙嶋節子=たかしま・せつこ)が3日午前4時43分、老衰のため死去した。94歳。所属事務所が6日、発表した。同日、家族のみで密葬が執り行われた。お別れ会などの開催は予定していない。夫は19年に亡くなった俳優でタレント高島忠夫さん。2人の息子、髙嶋政宏(60)、髙嶋政伸(59)も俳優として活躍する芸能一家で、長年ファミリーを支え続けた。

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寿美さんは「髙嶋家の妻、そして母」だった。戦後の混乱が続く1948年に宝塚歌劇団に入団。入団時の成績は50人中40番台だったが、人一倍稽古に励み、3年後に初主役に抜てきされ、男役トップスターにかけ上がった。天性のショーマンぶりで観客をひきつけ、プロマイド売り上げは1位。芸術祭賞を受賞するなど演技力も際立っていたが、61年にテレビ番組で共演した高島忠夫さんに一目ぼれ。人生で初めての恋に燃えた寿美さん主導で交際は始まり、自らプロポーズ。62年に退団し、翌63年に結婚した。

71年からは料理番組「ごちそうさま」で高島ととともに司会役で出演。番組は26年も続き、「夫婦げんかをしたことがない」と公言するほどのおしどり夫婦だった。90年代に高島さんがうつ病、そしてパーキンソン病を発症した時も、寿美さんは献身的に支えた。周囲は施設入所を勧めても、自宅で老々介護を続け、19年に最愛の夫の最期を看取った。

髙嶋政宏、髙嶋政伸という二人の息子を育てたが、二人の誕生前にもう一人男の子がいた。1964年に生後5か月で長男は亡くなっている。寿美さんのもとにはドラマや舞台出演の依頼も多かったが、時間が不規則になるため断った。何よりも家庭を優先し、二人の息子に愛情を注いだ。

宝塚歌劇100周年の2014年に創設された「宝塚歌劇の殿堂」に、最初の100人の一人として殿堂入り。記念式典に出席し、52年ぶりに宝塚のステージにも上がった。「髙嶋家の妻、母」が女優寿美花代に戻った瞬間だった。【林尚之】