桂文枝、上方落語の将来に思い「3つめの寄席を」 若手には活「稽古を必死に」

天満天神繁昌亭開場20周年記念公演に「いらっしゃ~い」、左から、笑福亭仁智、桂文枝(撮影・阪口孝志)

上方落語協会会長で落語家の笑福亭仁智(73)桂文枝(83)露の都(70)桂慶枝(65)が10日、大阪市の天満天神繁昌亭で、「天満天神繁昌亭開場20周年記念特別公演」(9月15~23日)の記者会見に出席した。

繁昌亭は協会前会長の文枝が尽力し、06年9月15日に開場。20周年を記念し、15~23日まで特別公演を開催。「若手が多く出られるように」との文枝の発案で、連日、休憩を2回挟み、休憩後に若手が出演できるよう配慮した。

1回目の休憩の前の中トリには都、桂小文枝、桂雀三郎ら円熟のベテランがずらり。2回目の休憩の前の中トリには桂春蝶、林家菊丸、桂二葉ら実力派中堅どころが並び、大トリには文枝、仁智、桂福團治、桂南光らの“重鎮”が構えた。

公演前日の14日には、過去の記念催事の際と同様、天神橋筋6丁目交差点から、繁昌亭前までお練りを実施。新緞帳(どんちょう)も披露する。

繁昌亭の“生みの親”の文枝は「ついこの間、天神橋6丁目から、3代目春団治師匠を(人力車に)乗せて歩いてきた。もう20年か。時の早さを感じております」としみじみ。「もう一度あのときの活気を取り戻したい」と目を光らせた。

というのも、文枝は「20年でもっと若手が出てくると期待していた。それが思い通りにいかない。大阪は漫才中心。明治の頃のように落語中心の寄席にしたいとずっと思い続けてきたがならない」といい、落語界に大物スターが生まれていない現状に不満を感じている。

「みんなが仲良くやりすぎてることもあるし、小さいことに満足していることもある。強い気持ちがあまりないような、これを作ったことで楽屋で楽しく過ごしている。終わったら、どこに食べていこうとか。僕らが始めたころは、終わってから打ち上げとかもなかった。これからの20年は、打ち上げのこと考えず、どうすればお客さんに喜んでいただけるか、楽しんでいただけるか。それを考えて切磋琢磨(せっさたくま)して、競争して、これから20年はたくさんの人気者が出てきてほしい」と若手に活を入れた。

これに、文枝の弟子の慶枝が「確かにそうですね。できたときは一生懸命でしたけれども…」と反省すると、文枝は「君はええねん。要らんこと言わんでええ」と一蹴し、笑いを誘った。

さらに、文枝は「土地(の価格)が上がったのでなかなか難しいが、3つめの寄席をぜひ」と繁昌亭、神戸新開地喜楽館に続く3か所目の定席の構想を披露。「そのためにも、お客さまに来ていただけるような落語をみんながやらないと。終わったら打ち上げをやってないで稽古を必死にする。上方落語をどうすれば活気づくか考えてほしい」と上方落語の将来に思いを向けていた。